1-7

「ぐうっ! いったいわねえ……っ!」


 『海の旋律』渾身の一撃を、タイミングの外れたパリィで弾いてみせたのは流石と言うべきか。

 ララキアはガクンと高度を下げながらも、パリィに回転蹴りを合わせてとんでもない方向に相手を弾いてみせた。さすがに今度は帰って来れないだろう、コースアウトだ。


「ララキアさん!」

「ヒャッ、ホォウ!!」


 “海猿”が魔法弾を乱射する。ララキアのように濃く色付いてはいないが、弾が大きく数も多いので避けきれない。

 強撃を弾いたばかりで体勢がよろしくないララキアは、打撃のような魔法弾を全身に受け、完璧に重心を失う。


「とどメよォ!」


 それが合図だったのか、ピィンと高い音を鳴らして『海の旋律』三人目が遥か頭上に突如出現した。


隠身インヴィジブルの特殊!?」


 外装はそれぞれ固有の能力を持つ。特殊形態エクステンション時にのみ発揮可能なそれは、絶大な能力で勝利に寄与する。


 姿を空間に紛れさせる隠身の特殊形態を切って、高出力形態ハイパワーで加速を入れる三人目。狙いはどう考えてもララキアである。

 ローリングパリィも銀弾も間に合いそうになく、彼女をフォローするチームメイトは急造チームの二人に分断されている。


 リパゼルカは咄嗟に二発目のマジックミサイルに飛びついた。


「なっ」

「ンだとォーッ!?」


 わずかに軌道のズレたミサイルはララキアをかすめてすれ違う。


「しまった! くそ、離せ!」

「んぐぐ……! 離さないっ」


 三人目はすぐさま頭を起こし、方向修正しようとしたが、そうは問屋が卸さない。

 外装に抱き着いたリパゼルカはそのまま魔法力を全力で放出した。爆発的な加速が発生、鈍重な外装に方向転換を許さない。

 上空から眼下に向かって突っ込んで来たのだ。あっという間に目的地へとたどり着く。


「お前、自爆する気か!?」

「そんなわけないでしょ! でも、あんたは大地とベッドインしてきていい、私が許す!」

「くそがああああああああああッ!!!」


 ギリギリのところで相手の外装を蹴り飛ばし、リパゼルカはその反動で大きく上昇。

 『海の旋律』三人目は下手すれば死にかねない勢いで激しく大地に墜落した。


 墜落地点には目もくれず、リパゼルカはひぃひぃ息を切らしながら頑張ってトレインに戻った。すぐさま戻らねば置いていかれると思っていたからだが、意外にもトレインは速度を緩めて待っていてくれた。

 最大の敵である『海の旋律』がこんな序盤で崩壊したからだが、トレインの外で強風に煽られてフラついているリパゼルカは速度が緩んでいることにも気付かなかった。


 さすがに四対二では話にならない。

 エースを守り、損害無しで敵を減らしたリパゼルカは『DPS』にとっての大金星だった。


 自ら足を緩めてチームを待たせていたララキアは、自分の前に迎え入れたリパゼルカに尋ねた。


「子うさぎちゃん、あのままわたくしが落ちたら勝てるとか思わなかったの?」


 リパゼルカはわずかな時間でとんでもなく疲弊している。それもそうだろう。生身で外装の出力と張り合ったのだ。ララキアでも外装を装備しないのなら辛い条件だ。

 そして、それは本来、後々訪れる勝負所で使用する魔力だったはず。

 リパゼルカは万に一つの勝利を、ララキアのために捨てたことになる。


「ぜへー……、はー……。えっ、はっ、いや、えー」


 ララキアの問いかけにリパゼルカは背を正し、


「えーと、咄嗟だったので、あんまし考えていませんでした……」


 にへらと笑って、姿勢を崩してしまった。ふらふらと飛んでいる様子は、生まれたての動物みたいだ。


「でも、足を引っ張るようなやり方で勝とうとする人たちには負けたくないな、って」

「でも、あれは普通の戦術よお? 他の誰も『海の旋律』を批難しないわ」


 リパゼルカは少し考えて答えた。


「そういう戦術が有効なのは分かります。けど、タイムトライアルは時間の勝負……純粋に速さを問われる種目のはずです。そんな種目で相手を撃墜するなんて手段、私は恥ずかしくて取れないですよ」

「恥ずかしい?」


 ララキアが小首を傾げると、リパゼルカは後ろを静かに飛んでいる“海猿”をちらりと見る。


「早い人をまともに飛ばせなくするって戦術、自分の方が遅いって宣言しているのと同じじゃないですか。それに勝負は勝つにしても負けるにしても、後腐れの無い方が好きですよ」


 ぷっ、と言葉の途中で噴き出したララキアは、リパゼルカと同様に“海猿”をちらりと見て、


「そおねえ……確かに自分に自信の無い人が取る手段かもしれないわあ、うふふ……」

「調子クレやがって……!」


 言われっぱなしの“海猿”が怒りも露わにリパゼルカを指差した。


「ならオメエは真正面から勝てるってェのかよ、“銀弾”と“夕焼け”に!?」

「知らん!!!」


 リパゼルカが“海猿”に負けない大声で堂々と言い返すと、さすがに声を失い、指した右手が虚ろを彷徨っていた。


「な…………」

「ゴールがダイナクルス市街地ならワンチャンスあるかもしれない。他の選手が本気で飛び始めたら置いていかれるかもしれない。けど、やってみなきゃ分からないし、私は全力で挑みに来ただけだ!」

「あらあ、生身でわたくしたちに真っ当に速度勝負で勝つつもりなの?」

「やるなら本気が当たり前です!」


 リパゼルカは拳を握り、シュッシュと突き出した。


「初めての<暁天>クラス。勝てると思って出場を決めたわけではないですが、負けるつもりで来たわけでもありませんっ! 負けてもいい、と、負けるつもりには天地ほどの差がある……もし今日勝てなくても、次は勝ちますよ!?」

「なるほどねえ」

「……けっ、脳内お花畑かよ……うわっ!」


 ノールックで撃たれた銀弾を無様に避ける“海猿”に、ララキアは冷ややかな視線を注ぐ。それからリパゼルカに近寄ると、後ろから抱き着き、脇の下に腕を入れて固定する。


「えっと……あの?」

「守ってくれたお礼よお。うさぎちゃんは、ちゃーんとゴール争いができるように連れて行ってあげるわあ」

「へっ?」


 ララキアはにっこりと微笑んで言った。


「万全の状態で市街地コースなら、わたくしに勝てるんですわよねえ?」

「えっ、いやっ! そのっ! ワンチャンス! 万に一つ……」

「今からゴール前が愉しみですわぁ……うふふふふ……」


 補助をもらえるのは非常に楽でありがたいが、ゴール前のことを考えてリパゼルカは頭を抱えた。

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