1-6

 集団は密集しつつも旗幟を顕にし始めていた。


 どのトップチームに付いたら美味しい汁を吸えるか考えているわけだ。

 優勝が一番美味しい汁として用意されているが、二番手、三番手にも少しは分けてもらえるし、何なら途中にチェックポイントでもあれば通過順にお土産くらいはあるかもしれない。

 優勝は難しいが中間賞などを狙うチームは、トップチームを手伝う代わりにポイントを譲ってもらったりする。お互いに利用し合う形の一種だ。


 メイン集団の先端は三叉に分かれていく。

 『DPS』『海の旋律』『DTA』である。


 最有力と見られているのは『海の旋律』のようで、一番列が太くなっている。後ろに続く列が太く長くデカいほど速度は出やすくなる。

 スルスルと前方へ上がっていくミレイズに付き添い、リパゼルカもかつてないほど序盤で先頭の方に近付いてきた。


「あらぁ、どおしたのぉ? “夕焼け”が来るなんて珍しいわねえ」


 ミレイズを目敏く見つけたのは、今回のレースでトップオブトップを見込まれている『DPS』のエース・ララキアだ。ただ脱落者の有無で不利が見込まれた。

 ミレイズは余裕たっぷりに「へっへ」と笑い、


「今回はあんたを出し抜くチャンスがありそうなんでなあ、ちいっと序盤で汗かいておかな」


 ララキアを指した右手の先端から小さな魔法力の弾を撃つ。心臓を狙われたララキアは「恐ろしいわあ」と過剰な動作で弾を払い、慄いて見せた。


 よくもまあじゃれ合えるものだと、リパゼルカは息を吐く。

 どうやら知り合いらしいミレイズと違い、リパゼルカはようやく中級レースに足を踏み入れたばかりの新参だ。にも関わらずトップ争いに介入するなど恐れ多い。

 実際の勝負所で遠慮するつもりはない、と覚悟はしたが、それはそれとして未だ平静さが残っている今は気後れしていた。


 こそこそとミレイズの陰に隠れていたが、トップの目は御見通しだった。


「“夕焼け”の秘密兵器はその子?」

「せや。市街地で大活躍する予定や。元気やで~」

「あわっ!?」


 ミレイズに捕まってララキアの前へぐいっと押し出される。


 ララキアの外装は金属部分が従来品より少なく、身体の線がはっきりとした物だ。両手両足を籠手や具足のように保護し、腰から胸までをまるで服を着ているかの如きドレスアーマーが覆っている。ほとんどの外装は頭蓋を守るために兜を用意しているが、ララキアはその美貌を大らかに見せびらかせていた。

 リパゼルカがララキアの全身を舐めるように見てしまったのと同様に、ララキアもまたリパゼルカを上から下まで一瞥し、


「この子うさぎちゃんが勝利のカギを握る……と考えているわけかしらあ」

「子うさぎ!?」

「せやせや。子供でもうさぎの一撃は致命になりうる。知らんのか?」

「そうねえ……子うさぎちゃんだけなら美味しく食べて終わりだけれどお、“夕焼け”のスパイスがかかっているならすこぉし辛いわねえ」

「まー、ウチもどんだけの美味になるかは知らんで焚き付けとるからな。失神するほどマズいかも知らんし、案外、失神するほどウマいかも知らん」

「それってどんな劇薬ぅ? ……んん、でも、いいわあ。マルニアが落ちてしまったから、“夕焼け”をこき使えるのは便利よねえ」


 子うさぎリパゼルカの頭上で交わされる会話は表向きふわふわ受け止められていたが、それは逆にララキアの底も窺い知れぬ深さに隠してしまった。チームは重傷を負っていても、なお、余裕を浮かべている。


「“夕焼け”はぁ、ジェイダとザムの後ろに入って回してねえ。子うさぎちゃんは、わたくしとお話しながら一緒に行きましょうねえ……きちんと付いてこなきゃダメよお?」

「ひう……っ、は、ははい! ……ええい、ビビるな、頑張れ私……!」


 正直な話、<暁天>クラスのトップなんて、リパゼルカからしたら雲の上の存在だ。話しかけられるなんて望外のことで、意気だけはなんとかしたが、実際に話しかけられるとそのふわふわした声に圧を感じて吹き飛ばされてしまいそうだった。

 大いに恐れ戦いたところで、リパゼルカは恐縮しながらもララキアの前に入れてもらい、トレインを形成した。トレインとは地上を行く大規模魔導列車に倣い、エースを安全に目的地へと運ぶ集団である。


「では行きなさい。羽虫を蹴散らしてねえ」


 ララキアの号令と共に、各人が外装を展開。スペースが取れたことでようやく通常の巡行形態へと移行し、その影を大きく広げていく。

 『DPS』のキャリアー役、ジェイダとザムは同系統の外装を使用しており、丸みのあるフォルムに変形した金属体で全身を覆われている。完全固定タイプの金属外装だ。外部から影響を受け辛く、安定した巡行能力に優れる。


 彼らを先頭に、ぐんと速度が上がる。


 リパゼルカも遅れぬように併せて加速していくが、驚くほどするすると付いていけてしまった。体感ではソロの時に出したトップスピードを超えているが、まだまだ余裕がある。

 トレインの前へと進む力があまりにも強力で、リパゼルカの能力を引き上げていた。


 アタックを仕掛けた『DPS』に対し、他のチームも外装を展開して追いすがる。『海の旋律』はペースを上げられるのを嫌い、また『DTA』はここで置いていかれると実力的に厳しくなる。


「ヘイヘーイ!? “銀弾シルバーバレット”ォ! そんなに急いでドコに行く!?」

「んん……おサルさぁん、わたくし、あなたのお顔は不快だから姿を見せないでと以前お願いしましたよお?」

「ンナ連れねえコト言うな! 少しっばかり、オレに付き合ってクレ!」


 トレインの最後尾を行くララキアに絡む『海の旋律』。

 絡み方が真横からの体当たりというから過激だ。ララキアは微動だにせず、ただ迷惑そうに言葉を返す。


「今日はぁ、子うさぎちゃんを乗せてるから停車の予定はないのよねえ。おサルさんは海におかえりぃ」


 ララキアは躊躇いもせずに指の先端から魔法弾を撃った。

 リパゼルカがそれを把握できたのは『海の旋律』が一斉に回避行動を取ったこと、何より空を貫く銀色の軌跡が残ったことが大きい。


 “銀弾”。


 化物殺しと謳われる、近中距離における魔法戦闘のスペシャリスト。


 適当にばら撒いた魔法弾は銀色の軌跡を描き、虚空へと溶けていく。ララキアの強みは、この消費の少ない攻撃手段のみで相手を撃墜せしめる高い攻撃力だ。

 魔法力を固めて発射する技は誰もが使える難易度の低い技術だが、それだけに人により練度に大きな差がある。ララキアは誰よりも魔法弾の質を高めた稀有な人間だった。

 通常、魔法力の行使時には個々人に独自の色が付く。特性や環境によるものとされるが、はっきりと視認できるほど色付く場合が極端に少ない。体内を薄もやのように揺蕩う魔法力を束ね、質を高めるには高い練度が求められる。


 ララキアは魔法弾の扱いを極めるにあたり、魔法力操作の真髄を得た。


「どォした、どォしたァ!? こんナンじゃあ、羽虫も落とせネェぞォ!?」


 だがしかし、そんなララキアの銀弾に臆しもせず、空を跳ねるようにして飛び回り煽りまくる『海の旋律』。

 リパゼルカはちょいちょいと振り返って様子を確認するが、その度にララキアの表情にイライラが溜まっていくように見えた。


「おサルがあ……!」


 “海猿”と呼ばれるその男は、妙にいらつく独特な飛翔を行う挑発屋として有名だ。相手の攻撃を誘発し、自身はその一見無駄な動きで避ける。相手を疲弊させるのが得意な男だった。


 片手間に魔法弾を放っていたララキアは、ついに後ろを向き両手を使って攻撃し始めた。背面飛びで速度を維持しながらなので、とんでもない技術だ。


 それでも当たらぬ“海猿”に業を煮やし、ララキアは魔法力を溜め始めた。

 元々、ララキアの魔法弾は一般的なものに比べて小さい。魔法力を圧縮することで貫通力を高めており、これは硬い防御を貫く目的があってそうしている。素早い的の小さな相手に見合った攻撃手段ではない。


 その場合、ララキアの取る手段は常に制圧だ。点でダメなら線で、線でダメなら面で制圧する。

 避ける先が無いほどの銀弾を放つ。


 ララキアがそのチャージを終えようかという直前、


「……ッ! 速度落として!」


 背を押さえる小さな手に集中を乱された。


「邪魔よおっ!?」

「下から来ますっ」


 ララキアは唐突に介入してきたリパゼルカに文句を言いかけ、下から突撃を仕掛けてきた二人目の敵を視認する。注目を“海猿”が引き付け、地上すれすれから急浮上してマジックミサイルのように高速で突っ込んできたのだ。

 慌てて速度を落とすと、ギリギリをすれ違い、相手は明後日の方向へと消えていった。


「チィッ! よく避けたナァ!」

「ちょっと! タイムトライアルなんだから妨害ばかりしてないで少しは時間を競ったらどう!?」


 トレインから剥がされそうになったリパゼルカが怒鳴ると“海猿”はきょとんとして、


「ナニ言ってんだァ……? おい“銀弾”、教育が足りてネェぞ」

「わたくしも今日が初見よお。文句は“夕焼け”に言ってほしいわあ。……子うさぎちゃん、タイムトライアルで確実に相手より早いタイムを出すにはどうしたら良いと思う?」

「相手より速く飛びます!」


 ふんす、と鼻息荒く答えたリパゼルカに、ララキアは眩しそうに目を細めた。


「うう、あまりに純真だと心苦しいわねえ……。子うさぎちゃん、もっと簡単な方法があって」

「敵を墜落させリャあ、そいつより早えよなァ!」


 言うやいなや“海猿”がその身を翻して、化生の如くララキアに襲い掛かった。奇妙な動きで近付き、外装に取り付いて格闘を仕掛けるのが彼の得意技である。

 ララキアは魔法弾で牽制を入れるが、まるで地上を走っているかのような動きは先が読めない。


 外装に指をかけられた、と感じたララキアは直後激しく回転した。身体を捻らせて生む回転は敵の接触を良く弾く。魔法攻撃すら弾ける強度があるローリングパリィは防御の要だ。


 だがローリングパリィには弱点がある。回転するということは、その時点で中心となる軸が発生している。強い回転を生むにはその軸を保つ必要がある。

 その瞬間、行動が固定される。


「今だ、やれよォ!!!」


 天空よりマジックミサイルが降ってくる。

 先ほど空へ消えていった敵が帰ってきたのだ。

 下降の方が、上昇よりも速度が出るのは当然の話。


 瞬く間に降ってきたマジックミサイルがララキアに衝突した。

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