1-1 トライアングル・タイムトライアル

「全ては星駆けで決する」

 世界の行く末を守ったのは、この一言であった。


 ――古代、世界中で争いが絶えず、誰もが強力な武器を欲していた。


 人買いや強盗などの悪辣な行いも去ることながら、地震や洪水などの天変地異にも事欠かない、まさにこの世の地獄と言って差し支えない状況。

 ついには地上に生きる全ての種族がそれぞれを敵と見做し、竜族はブレスで草原を荒野に変え、獣族は手当たり次第に野性を解放した。闇夜は鬼族に味方し、穏やかな風は鳥族が襲い来る不吉の前兆とされた。


 そして最も非力で戦闘能力の低い人族は魔法の研究に余念がなく、個人では最強とも名高い魔族の王ですら一撃で屠れる力を求めていた。


 世界大戦に終止符を打ったのは、ある一人の人族が産み出した儀式魔法だった。


 一度発動すれば大陸を丸ごと焦土にする魔法が、なぜか同時期に全種族が使用法を知るところとなった。どこか一種族でも使用してしまえば、瞬く間に地表は滅び、生き物が存在不可能な死の大地となる。


 この状況を憂慮した各種族の代表は集い、矛の収め方を相談し始めた。勝者も敗者もいなくなる結末を誰も望んではいない。だが、しかし、勝者と敗者を決めねば収められないほど、振り上げられた矛の先には血潮が吹いている。そして全員が敗者になることを拒否した。


 世界会議が決裂すると誰もが覚悟した間際、人族の代表が言い放った。


「神話に倣おう」


 ――星駆けスターレース


 幾筋も流れる星のように、神々が遥か天空を飛翔し優位を競ったとされる神事。


 あらゆる争いを星駆けの勝敗に委ねた神々に倣い、勝者はたったの一種族であり、他の全ては等しく敗者となる星駆けが開催された。

 磨き抜かれた知恵と鍛え抜かれた体躯、洗練された魔法が多彩に入り乱れ、人々は一時争いを忘れたという。


 勝利した竜族の若者は、勝者の権利として【第一令】『争いは全て星駆けで決すること』を発布。


 争いを星駆けに置換していく時代の始まり。

 種族と種族、国と国、貴族と貴族……戦火を伴う争いの代替として用いられ始めた星駆けは、時代を下るにつれて隅の隅まで浸透し、争うだけではなく一種の娯楽としても供されるようになった。


 生物が空を飛翔し速さを競うことは、古来より数々の名勝負と共に伝えられる。

 神話の時代より受け継がれた正統なる決着の一つだ。


 翻って現代。


 レースは二人、その身があれば、その場で始められる。

 次第にレースを勝利することに血道を上げ、レースに勝つことで日々の糧を得る者も現れた。

 高額の賞金を餌に多数の参加者や観戦者を集め、町おこしの手段として争いとは関係なく大規模なレースを行う国とて出てくるようになった。


 もはや星駆けは戦争の代わりではなく、生きていく術として確立している。


 リパゼルカ・ラインもまた、生きる手段に星駆けを、果たすべき目標を<黄昏>に決めた空駆者の一人だった。


 近代になり、娯楽とその他については明確に線引きが成された。

 高度・経路・距離の三点からレースの格が判定され、ほとんどの神事においては最上位の<黄昏>クラスが認定される。


 先日、リパゼルカが制した【トトガンナ・スパイラルレース】は七つある格の下から二番目、<朝露>クラスに設定されていた。

 リパゼルカは<朝露>を制したことで、その一つ上の<暁天>レースに参加が認められる。

 一般人が出場可能な最後のクラスだ。


 <朝露>では町を丸ごと使ったが、<暁天>クラスからはその範囲と距離が大きく変わる。二つや三つの町をまたぐことはもちろん、下手すると国を横断するようなレースも開催される。町単位のレースでは最高峰と言っても良いだろう。

 リパゼルカは早速<暁天>レースに参加すべく、国際星駆管理組合を訪れることにした。


   ◆ ◆ ◆


「ええ、どうして参加不可なんですかぁ?」


 リパゼルカは不満げにカウンターの向こうに座る女性に尋ねた。


「どうしても何も、リパゼルカさん、あなたはこのレースの参加資格を満たしていないでしょう」


 ほら、と指差された紙面の箇所を見ると「<朝露>三勝、<暁天>一勝」の条件があった。


「ぐぬぬ……」

「まったく……、どうせまたレース名だけ見て取ってきたんでしょう。あなたが物怖じしないのは知っていますが、<暁天>からは大きくレベルが変わります。しばらくは<朝露>で資金と実績を貯めて、外装を入手すべきだと思いますよ」

「でもテティスさん、私、挑戦できるならしたいんです!」

「そうは言ってもね……」


 スターレース・コンシェルジュのテティスは鋭い目尻を困らせた。


 星駆管理組合のトトガンナ支部にて辣腕を振るうテティスは、この支部において唯一本部で業務をこなしていた人物だ。何年か後、故郷に帰ってきたテティスは、トトガンナからプロを排出することを目指し、育成に励んでいる。


 テティスが担当をする、イコール期待がかけられている、ということでリパゼルカも注目の的だ。

 直近で行われた【トトガンナ・スパイラルレース】の勝利で、テティスの見る目も証明されたところで次のレースについても注目が集まっている。


 テティスとしてはリパゼルカは地力を養う時期だと考えていた。

 【トトガンナ・スパイラルレース】では四年をかけて優勝したが、今後のレースではそんなに時間をかけることは不可能だ。


 リパゼルカはここトトガンナに住んでいるから、コースの研究など余念なく行えたが、参加レースのクラスを上げていくと世界中のあらゆるレースに参加するようになる。レースのゴール地点の近くでスタートするレースに参加するのが一番効率が良く、連戦ではコースの研究など満足に行えるはずもない。


 そんな小手先の技術ではなく、魔力の量や出力の増大、扱いの習熟、そして外装を得る必要がある。


 かつては生身でも勝利の芽はあったが、昨今、外装の進歩が著しく、<暁天>以上はどれほど高性能な外装を装備しているか、といった面が強く出ている。単体で強力なハイクラスの竜人でも使用者がいるくらいなのだから、有用度は推して知るべし。


 ただ、そんな外装にも難点がある。


「あなたが外装を持っていれば、挑戦を止めることもないのですが」

「あんなに高価いのはそうそう買えません」


 外装は非常に高価なのだ。

 安いものでも街角のパン屋で一年飲まず食わずで働いてようやく頭金が支払える、といった具合だ。


 最新の錬金合金と魔導技術のハイブリッドなので当然ではある。使い倒されていつ壊れるか分からない中古でも、半年暮らせるくらいの資金がいる。そして、こういった技術は日進月歩で、金を注げば注いだだけ強力な外装を作れる。


 必然、金を持っている者が強くなりがちな世界だ。


 パトロンを見つけるのが常套手段だが、<朝露>で一勝しただけのリパゼルカにはまだまだ知名度が足りない。

 そのあたりも鑑みて、テティスは新たに挑戦可能な<暁天>ではなく<朝露>の中でも賞金の多寡や、参加者の傾向を見て良さそうなレースをいくつかピックアップしていた。

 それを全部参加すると疑似的な連戦になり、コース研究の出来ないレース挑戦の経験を積んでもらうという意図もあった。


「一見遠回りに見えるかもしれませんが、堅実に実力を上げていきませんか?」

「でもなぁ……」


 何度も説明してもらったが、リパゼルカとしてはやはり挑戦をしてみたかった。

 テティスが言っていることは理解している。

 おそらくはそれがリパゼルカが安全に、確実に上へ向かえるルートなのだ。


 しかし、テティスに提示されたルートを見ても、リパゼルカは胸をわくわくさせられないのを感じていた。<暁天>のレースは挑もうと思っただけで、ドキドキと鼓動が跳ねるのに。


 こうなると、何を言われても頷けない。


「テティスさん、今回は勝てなくてもいいんです。そのレベルが違う<暁天>がどんなレースなのか体験したい。目標の一つだから、それを肌でまず味わいたいんです」

「負けてもいいなんてつもりで出場するならなおさら認められませんよ。危険度は<朝露>の比じゃない!」

「危険度?」


 リパゼルカは鼻の奥をくすぐられたかのように笑った。


「安全なレースなんて一つもないのに? こういう危険だけ避けて進む道はすぐに行き止まることを知ってる」

「その度に少し戻って先へ進む道を見つけるものです。あなたが言っていることは、真っ直ぐ行ったら早いからと着の身着のまま樹海へと向かうようなもの。迷えば二度と生きては出てこられない……」

「それは迷えばの話でしょう?」


 テティスはシワの寄った眉間に手を当て、わからず屋の子供をどう言い負かすか思案した。

 ここ数年で言葉回しだけは明らかに進化しているだけに、オハナシをする度に疲弊度が増していく。


 ――と、ここで助け船が入った。

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