第11話

 「おかえりなさい。」

 篤がドアを開けると、扉の向こうにいた明里は本心から嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。

 「ただいま。って言うのも部屋に迎え入れているのは俺だから変な気もするけど。」

 「篤君って、結構屁理屈だよね。」

 明里はそういうと篤の横をすり抜けて部屋の中央にあるソファに着いた。まだ三回目のログインではあるが、どんどん明里は篤との間にある遠慮という壁が薄くしていき自然体で接してきている気を篤はしていた。

 「今日はどんな一日を過ごしたの?」

「今日? 今日は前回の後、いつも通りダラダラと惰性を満喫したよ。あ、夜はちょっと近くまで買い出し行った。」

「何買って来たの?」

「えっと、夕食の弁当と。。。って、この会話必要? 俺また昼みたいにプレイワールド作る前に目覚めるとか嫌なんだけど。」

「えー、こんな理想の女の子が篤君のこと知りたがっているのに、篤君は私と話すのが時間の無駄って言いたいのね。ショック。」と明里は篤をからかうように言う。

「いや、そういう事じゃなくて。明里とは話すのも楽しいんだけど、早く本編もやりたいというか、なんというか。」一方で、煽られ耐性が無い篤はおどおどしてしまっている。

「そんなに焦らなくても、今回の篤君の睡眠時間の予想は四時間二十分だから、お昼よりは遊べる時間があるよ。」

「予想睡眠時間って分かるの?」

 明里は頷き、部屋に掛かっている四つの時計のうち左から二つ目の時計を指さした。丸い形をした時計の長針と短針はともに右斜め下を指している。どうやら時間は進むごとに時計は頂点のゼロ時に戻っていく仕様に見受けられた。

「また四時間程度って結構俺の睡眠時間は少ないんだな。」

「そうだね、今現実世界では午前三時半頃だよ。いくら十二月とは言え、太陽が昇ると太陽光の影響で体は目覚めようとしてしまうの。あと、寒さも睡眠の質という意味では影響があるよ。」

「俺の睡眠の質ってどうなの?」

「正直に言うと悪いわ。」明里はニコリと笑いながらストレートに答えた。

「予想通りだけど、このゲームをするには睡眠の質が悪いのはマイナスポイントだよな。」篤は今日一日の自分の生活を思い出した。久しぶりに外出したとは言っても、家に引きこもっていたので疲れるようなことは一切していない。シャワーを浴びていないことも思い出した。

「そうだ。普段から風呂そんなに入らないから忘れていたけど、家のシャワーを浴びるのも禁止なんじゃない?」明里はなんのことか分からないといった感じでキョトンとした表情をしている。

「女性には清潔感がある方が好まれるよ。」ごもっともと篤は自分の頭を掻いた。部屋の姿鏡に映る篤は、べたついた髪に、手入れのされていない髭、パンパンに膨らんだ顔と腹。世の中にはプーさんみたいな中年男性が好きという女性もいるが、少数派である。

「まぁ。俺の清潔感の話は置いておいて、そろそろプレイワールドを作りたいんだけど。」

「どんなプレイワールドにするか決めたの?」

「うん。とりあえず王道にファンタジーの世界にしたいなと。魔法学校に入学する学生の設定で、学園生活を送りながら成長して、冒険して学園の秘密に迫るみたいな。ついでに恋愛要素もあると尚良し。」

「篤君が小学生の頃にハマった、イギリスのファンタジー小説みたいな世界観ね。」

「そう。それ。でもなんで知っているの?」

「私はアップルパイが分析した、篤君の過去の経験や嗜好の情報にもアクセス可能よ。」

「怖いんだけど、このゲーム内では俺に人権は無いの?」

「うーん。でもゲームの利用規約の中で言及していて、なおかつ既に篤君はそれを許諾しているよ。」と明里は手元に現れたタブレットの画面を篤に向けた。篤はそれを読みつつ、確かに明里が一行ずつ丁寧に説明してくれていたことを思い出した。同時に篤自身は途中で利用規約の内容に飽きて、深く聞かず、はいはいと空返事をしていたことも思い出した。

「まぁいいや。このゲームに対してプライバシーとか考えだしたら負けな気がする。」

「少なくとも、アップルパイの開発者はプレイヤの不利益になることはしないように心掛けているよ。」

「そう信じましょう。」と篤は両手の平を一回合わせ、ぱちんと音を鳴らした。

「では、早速プレイワールドの作成に移ります。篤君、目を閉じてプレイワールドを思い描いてください。」

 篤は目を閉じ、手を胸の高さで繋ぐように合わせた。魔法学校。杖と箒。寮生活。同級生。不思議な生き物達。小学生の時に夢中になって読み続けていた世界に、更なる自分の妄想を混ぜ合わせるように想像した。

「はい。成功しました。」明里の声で目を開けると、目の前に紫色を放つ小さな水晶玉がふわふわと浮かんでいた。篤が手を伸ばすと、その水晶玉は吸い込まれるように篤の手に収まった。明里は自分が入ってきた扉の前まで篤を移動させると、ドアノブに水晶玉を近づけるよう促した。篤が水晶玉をドアノブに近づけると、水晶玉は形を変えて鍵に変わった。鍵の色は元の水晶玉と同じく紫である。改めてドアノブをよく見ると、鍵穴がある。篤はここに鍵を差し込めばよいのかと視線を送ると、明里は頷いた。

 篤が鍵を差し込み右に回すと、扉の隙間から紫の光が漏れだした。

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