第10話

 「このゲーム糞だわ。ゲーム開始までにどれだけもったいぶるんだよ。」

 篤は目を開けて、ヘッドギアの裏側を見つつ呟いた。ヘッドギアを外すと、部屋の中は窓から入る光で穏やかな明るさに包まれていた。時計は午後の二時四十分を指している。

 「ゲーム内時間は一時間半程度。現実で寝ている実際の時間は二時間半程度。だいたい深く寝落ちるのに三十分。起きるのに三十分ってところか。」

 篤は椅子に体を放り投げるようにして座った。ゲーム自体の技術には驚かされてばかりではあるが、肝心のゲームが始まらないことには面白さを享受できようもなく、篤はすこしこのゲームへの熱が冷めつつあった。ぼーとしていると不意に喉が渇いたことに気が付いた。

 「そういえば。飲み物って父さん的にはどういう扱いなんだ?食事と一緒のルールが適用されるなら、勝手に飲んじゃいけないよな。」

 増田家の飲み物状況としては、水はお取り寄せの富士山のミネラルウォーターがウォーターサーバで飲める。他には母親が作り置きしている麦茶と家族の外出用のペットボトルの緑茶がある。今まではルール自体が存在していなかったので、篤は好き勝手飲んでいたが、父さんの手紙によると篤が自由に使えるのは部屋と電気代ぐらいで、他は母親に面と向かって頼む必要がありそうである。

 「あぁ、面倒くさい。ちょっと水飲むのに何でこんなに考えないとといけないんだよ。」

 篤は自分のまくらに軽くチョップをかました。そして、部屋を出てそろそろと一階に降りた。台所にもリビングにも母親の姿は無い。

 「母さん。部屋にいる?」

 篤は廊下の奥にある両親の部屋に向かって叫んだ。しかし、母親からの返事は無い。篤は母親がいないのであれば気にする必要が無いなと思い、ウォーターサーバからコップに水を注いで一口で飲み干した。そして、冷蔵庫に貼ってあるメモに『水は飲んで良いか父さんに聞いてください』と書き残した。

 部屋に戻り、いつものように漫画やネットサーフィン、動画配信を気ままに見て時間を潰していると時間はいつの間にか十九時になっていた。一階から、母親が妹の文乃に夕食ができたことを知らせる声が聞こえてきた。篤は自分も夕食をどうしようかと考えた。今一階に降りて、リビングのテーブルに着けば夕食が食べられるが気まずい。じゃあ、外に出て食事をとってこようかと考えたが、そもそも外に出るのが面倒くさい。考えているうちに、考えることも面倒くさくなり、篤は空腹を忘れようと漫画を読み始めた。

 二十一時を回った頃に、篤の部屋の扉がノックされた。

 「何?」

 「父さんだ。」

 「おかえり。」篤は短く返答した。

 「水の事だが。水道水なら好きに飲んでくれて構わない。」。

 「分かった。」篤の返答を聞いて父親がすぐ去っていった。今は父親の顔が見たくない、居心地が悪いため、顔を合わせずに扉越しに端的に話が終わって篤は安堵した。

 「水道水か。まぁ貰えるだけありがたいと思わなくちゃな。でも、台所にいくのさえ今となっては億劫だわ。」

 二十三時頃になると流石に空腹は限界に達した。

 「仕方ない。買い出し行くか。」

 篤はパソコンで自分の家の周りでこの時間帯でもやっているお店を探した。今後の飲食調達の手間を最小限にしたいと考えた時に、大量購入が必要となる。更に、安さも両立させるとなるとコンビニよりも、安さを売りにした小売りのチェーン店が良いと考えた。幸い、家から駅の方に向かう途中で十分ほどに店舗があることを確認して、家を出た。高校の体育で使用していた緑色のジャージの上に、大学の受験シーズンを乗り越える為に両親に新調してもらった十年物のダッフルコートといった、ちぐはぐな恰好を篤はしている。十分に着込んできたつもりであったが、十二月の夜となると空気は冷えていて、時折吹く風に篤は身を縮め、外に出たことを後悔しながら足を進め目的の店に着いた。

 店の商品が所狭しと天井まで置かれていることや、いたるところにあるポップアップが派手な色で主張していることに対して、篤の精神的が徐々に削られつつあるも、目当ての食品コーナーまでやってきた。篤は昔から買う予定の物しか買わない性格をしており、買い物はすぐに終わる傾向にある。事前に買い物リストに記載していた、二リットルのお茶を一本。缶のエナジードリンクと炭酸飲料と一本ずつ。お徳用パックのチョコレートとポテトチップスを一袋ずつ。適当に見かけたパンを五つ。そして最後に半額のシールが張られたからあげ弁当を素早く手に取りレジに向かった。全部で約二千五百円。篤は財布から自分でお金を出して、自分が好きな物を好き勝手買う、という篤と同じ年齢の社会人であれば珍しくない、むしろ今どき小学生でも珍しくない経験に心を躍らせた。

 怠けまくって衰えた末のメリハリの無い体には、二リットルのペットボトルのお茶を持ち、両手に袋を抱えて帰路につくという試練が待っていたが、なんとか家に戻った。部屋に戻り、店で温めたにも関わらず、すっかり冷え切っている弁当のご飯を口に運びつつ、動画配信サイトでお気に入りのアイドルの配信を見る。

 こんな生活も悪くないと篤は思った。

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