第9話

 「それでは初めてこの部屋から出るときの注意点を話します。」

 先ほどまでのイタズラを仕掛けようと企んでいるような微笑が消えて、明里は淡々と話し始めた。恐らくチュートリアルモードにでも入ったのだろう、と篤は思い大人しく明里の説明を聞き続けた。

 「まだプレイワールドに出かけたことの無いプレイヤーが行うことは、プレイワールドの新規作成です。」

 「最初から始めるってことね。」

 「はい。その通りです。プレイワールドを作成する際にプレイヤーに行っていただくことは、どのようなプレイワールドで遊びたいかを想像することです。」

 「明里の初期設定の時と同じように、想像すればいいってことだな。そう言えば、前回の時に世界はプレイヤーの思いとか理想を反映させられるって説明してくれていたな。具体的にどの程度想像すればいいの?例えば、剣と魔法の世界みたいなざっくりとしてテーマで十分なの?」

 「はい、プレイワールドを作成するだけであればその程度の情報粒度で問題ございません。プレイワールドはプレイヤー自身が想像したデータを基に、アップルパイに内蔵されたプレイワールドクリエイトAIがプレイヤーの深層心理を分析し、過去の経験や好みに合わせた世界が構築されます。」

 「深層心理って、そんな簡単に分析できるものなの?」

 「はい、可能です。」

 篤はまたオーバーテクノロジー、と心の中で思ったが口には出さなかった。

 「ですが、プレイヤー自身が想像したデータが鮮明であればあるほど、世界はプレイヤーの理想に近づきます。」

 「剣と魔法の世界って一口に言っても、詳細に世界観を考えたらそれが反映されるってこと?例えば、魔王を中心とした闇の勢力から世界を守るという設定にすれば冒険物。王立の学校で剣と魔法を学ぶって設定すれば学園物みたいに。」

 「はい。」

 「すごいなぁ、本当に。」篤は世界観やゲームの種別そのものを無限大に構築できる、という仕様に我慢できずに声に出してしまった。

 「プレイワールドの設定って、一度決めたら変更できないの?」

 「いえ、同じプレイワールドの設定であれば都度変更は可能です。変更するためには、ゲーム内で発生するクエストの達成や珍しいアイテムとの交換などが必要です。また、現実世界でお金を支払うことでも変更できます。」

 「このゲーム課金できるのかよ。」篤は自分の中ではベストなタイミングでツッコミをいれられたと思ったが、チュートリアルモードの明里はくすりとも笑わなかったので、話を続けた。

 「変更じゃなくて、新しく、まったく違うプレイワールドを設定することはできるの?」

 「世界観やルールが大きく異なるプレイワールドを作成したい場合は、新規作成していただくことになります。また、保存できるプレイワールドは三つのみとなっています。既に三つのプレイワールドが保存されている場合は、どれか一つを削除するか、プレイワールド枠の購入が必要になります。プレイワールド枠の購入は現実のお金でのみ利用可能です。」

 「なるほどね。ちょいちょいこのゲームのビジネスモデル見えてきたかも。となると、自分の理想的なプレイワールドが当たるまで作成と削除を繰り返す人対策で、プレイワールドの新規作成は一日何回とか決まりある?その回数を超えた場合は課金というシステム?」

 「一日何回という規制はありません。しかし、一度作成された世界は、作成されてから三十日以上経たないと削除することは出来ません。またこちらの制限は現実のお金で解除することも出来ません。」

 「OK。とりあえず、最初三つまでは失敗してもいいから、世界作ってみるのが良さそうだな。」

 「はい。失敗も経験です。恐れずに一歩踏み出してみてください。」

 口調が柔らかくなったなと篤は思い明里を見ると、チュートリアルモードが終わったらしく明里の表情はニコニコになっていた。篤はいざどんな世界を作ろうかと考えてみると、意外にも難しいことに気が付いた。最初は王道RPGの世界観で無双しようか。街づくりゲームテイストでのんびりライフを送るか。現代紛争物で伝説のエージェントにでもなろうか。またまた学園物でハーレム生活を送ろうか。自分で驚くほど遊びたい世界の候補を思いつき、考えれば考える程詳細の設定が出てきた。


 かーん、かーん


 部屋の中に鐘の音が鳴り響いた。

 「ちょっと、待ってよ。もう終わり?」篤は明里に真顔で尋ねた。

 「そうだね。もう終わりです。」明里は苦笑いをしながら答えた。

 「待ってよ。短くない。だってほらプレイ時間だって。」と篤はプレイ時間が示されている部屋の時計を指さした。

 「まだ一時間半だよ。もうちょっと出来るでしょ。」

 「篤君の言うことも分かるけど、篤君の体はもう既に覚醒段階に入ってしまっているからゲームは終わりだよ。」

 「でも、まだプレイワールドの新規作成終わってないじゃん。」

 「そうだね。また今度来た時に作ろう。ね。」

 明里は篤がむきになっている様子に戸惑いつつも、プレイ時間は睡眠時間と連動することを再度説明し始めた。明里の説明の途中で篤の体は消えだし、とうとう最後まで聞き終わらずに篤の意識は混濁し、現実の世界に戻っていった。

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