第8話

 「久々に食うけど、牛丼うめぇ。」

 篤は家から徒歩五分の場所にある牛丼屋で、久しぶりに定番の牛丼を食べるとその美味さに感動した。引きこもりを始めてからはほとんど家から出ない生活をしていたため、家の周りの環境も劇的に変化していた。その中で知っているチェーンの牛丼屋を見つけた時は安心感から歩くスピードが速くなった。篤は食べ終わった牛丼皿と見つめた。

 「これで四百五十円か。」

 篤は封筒を開いて、中に一万円札が三枚入っているのを確認した。このお金は父親の手紙と一緒にあった銀行口座のカードを使って、先ほど下ろしたものである。篤は生活力が無いという言葉の意味を銀行で身をもって経験した。まず人生で一度も一人で銀行のATMからお金を下ろしたことの無い篤は、カードや通帳を貰ってもどうすれば良いか分からず、パソコンで調べてから銀行に向かった。

 「〇〇銀行 お金の下ろし方っと。うん、ATMで引き出す方法と窓口で引き出す方法があります。窓口の場合は下ろす時には手数料が発生する、ATMだと日中の時間であればかからないのか。いやなんかパターンあるな。自分がどのランクかなんて知るわけ無いだろ。まぁいいやとりあえずATMにカードを入れて、認証番号入れて。。。認証番号ってなんだよ。」

 篤は焦り気味で通帳にメモが挟まれていなかと探すと、手紙の裏に四桁の数字がかかれていた。

 「流石父さん、俺の焦るところお見通しで。そして暗証番号入れてから、下ろしたいお金の金額を入れると。簡単だな。」

 篤は意気揚々と家から飛び出し銀行に向かったが、入る際に女性の従業員から視線をむけられたことに怯え、簡単だと言い切ったATMに対して両隣の人が二回入れ替わるぐらいの時間をかけて向き合った。そして無事お金を下ろし、牛丼に舌鼓を打った。対人レジで会計を済ませ店を出る。目の前にコンビニが見えたので寄ってお菓子でも買っていこうかと考えたが、どっと疲れを感じため、そのまま家に足を進めた。

 「おかえり。どこ行っていたの?」

 「銀行と、朝ごはんと昼ご飯兼ねて牛丼食べてきた。」

 家に帰るとリビングでくつろいでいた母親が少し不安げに篤に質問してきた。篤は素っ気なく返事をして二階の自分の部屋に向かった。自分のお金とは言え、父親が恵んでくれたお金で外食をするという後ろめたい気持ちもあるが、長い間自分の部屋に引きこもっていた篤にとっては、久しぶりの自分で好きに食べる解放感と外出の疲れが相まってちょうど良い眠気を感じた。

 「あー、眠い。漫画読もうかと思ったけど、ちょうどいいやゲームやろう。」と篤は机の上のアップルパイ専用タワーパソコンに電源を入れ、ベッドに投げ捨てられているヘッドギアを頭に装着した。時計の針は十二時五分前を指している。昼真っ盛りを迎えようとしているが篤は関係なく夢の世界に入っていった。


 前回と同じように、霧の中で意識がだんだんと明瞭になってくるのが感じとれてくる。徐々に部屋の全貌が見え始め、この前よりもだいぶ早い時間で体が再現された。

 「うぉー。なんかこの感覚クセになりそう。」篤は興奮気味に自分の体を触って確かめていると、部屋の出入り口の扉からノックの音が聞こえた。

 「どうぞ。」

 「失礼します。また会えましたね。」と明里が入ってきた。

 「明里って毎回部屋に入ってくる仕様なの?」

 「はい。開発者によりますと、ゲームログイン時に自分以外の存在を認識してしまうと、上手く意識定着が出来ないそうです。なので私は必ず外から部屋にお邪魔します。」

 「意識定着ね。さらっと失敗したら怖いことになることを示唆しているのがまた怖い。。。」

 「まぁほとんど起こることは無いそうですのでご安心ください。」明里はそういうと篤の腕を掴みソファに座るように促した。

 「篤君は、今日は良いことがありましたか?」

 「良いこと?どうだろう。久々に家から出たかな。」

 「どうでしたか。」

 「家の周りの風景が変わっていたりしたのは驚いたかな。あと銀行苦手かも。俺が怪しい雰囲気なのがいけないのかもしれないけど、ずっと警備員の人から見られている気がして。」

 「警備員の方は事前に事故や犯罪を防止するのがお仕事ですからね。篤君がということは無いと思いますよ。篤君は紅茶と珈琲はどちらがお好きですか。」

 「うーん。どっちが好きってことは無いけど強いて言うなら紅茶の方かな。」篤の答えを聞いた明里は指を鳴らした。すると先ほどまで何も無かった空間が光り、ティーポットとティーカップが出てきた。明里はティーカップから赤茶色の液体をティーカップに注ぎ篤の前に差し出した。

 「え、ゲームの中で紅茶飲めるの?」

 「はい。実際の体が飲んでいる訳ではないですが、この世界の篤君は紅茶を飲んでいると感じられますよ。」篤は恐る恐る目の前のかすかに湯気を立てている紅茶に口を付けた。少し苦みがあると感じるリンゴの香りが鼻を通り抜け、温かな液体が口から喉を通るように感じた。

 「驚いてばかりだけど。これはやりすぎじゃない。」篤は少し飽きれた、それでいて感心したような表情で明里に同意を求めた。

 「この程度で驚いていては駄目ですよ。まだまだこれから楽しみが沢山あるのですから。この部屋から外にまだ一歩も出ていませんよ。」

 「この程度って。。。そう。この部屋の外ってどうなっているの?」

 「気になりますか?」明里は口元を少し尖らして笑った。そして篤は大きく頷いた。

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