第7話

 低血圧だから寝起きが良くないと自負している篤ではあるが今日は自然と目が開いた。ヘッドギアをしているせいで目覚めても暗闇しか見えないと思ったが、ヘッドギアを外してもまだ暗く、部屋の中から窓をみると太陽が出ていない時間帯であることが分かる。

 「まだ朝の五時半か。そういえば俺昨日は夕ご飯の時間しか起きてないのか。」

 昨日は夕方に起きたこと、そして夕食後に両親からもう養う気がないと宣言されたことを篤は思い出した。その話を妹に聞かれて、更に妹からダサいと言われたことに逆切れし、その勢いのまま不貞腐れて寝てしまったのである。夜の二十二時過ぎから朝の五時半までと考えると篤がゲームをプレイしていたのは約七時間半ほどである。篤は先程までいた現実との違いがほとんど無い世界に思いを馳せた。

 「いや、俺自身の理想がめちゃくちゃ反映されたから当たり前なんだけど、明里めっちゃ可愛かったわ。」と気持ち悪い笑顔を浮かべる。

 「でも結局ずーとチュートリアルで肝心なゲーム一切できてないよな。トイレでも行ってもう一度寝るか。」

 篤は寒々とした廊下に出てトイレに向かった。一階の台所には明かりがついていて母親が朝ごはんの準備に取り掛かっている音が聞こえる。ここ数年、朝の五時から寝ることあっても起きることは無い。学生で部活をやっていた頃はこの時間に起きて朝食を取り、七時前には家を出ていることも多かった。トイレを済ますと急に腹が減っていることに気がつくも、昨日のきまずさからおいそれと下には降りることができず、篤はどうしたものかと悩みながら部屋に戻った。

 「三十歳になったら出ていけ。猶予は今年一年くれるといっても本当にどうすればいいんだよ。確かに父さんの言う通り、このままじゃやばいのは理解できる。でも理解できるのと行動に移せるのは全然違うだろ。」

篤は電源のついていないパソコンの画面に映る醜い自分を見て、昔テレビで見た高齢の両親とひきこもりの四・五十代の息子が社会問題になっていることを思い出した。幼心ながら篤は悲惨という言葉はこういうことを言っているのだと感じた。そして今自分も同じ悲惨な現実に近づきながら生きている。そして父親はどうにかそれを回避しようと昨日篤と向かい合ってくれたということも、篤はひしひしと感じている。それでもまだ困難に向き合いたくない、このままぬくぬくと生きていたいという思いの方が強く自然とヘッドギアに手を伸ばした。

「苦しいときはそこから逃げればいい。」

篤は自分に言い聞かせヘッドギアを装着しベッドに横たわった。目を閉じても昨日の父親と母親、そして妹の顔ばかりが頭に浮かんできては消えていく。どこで間違えたのか、どうすれば良かったのか、どうして自分はこんなにも弱いのか。答えの出ない自問自答が頭から離れないことには一向に睡魔はやってこなかった。隣の妹の部屋の扉があく音で再度時計を見ると七時を指している。流石にこれ以上粘っても寝むれないと思い篤は体を起こした。部屋の外では家族の生活音が聞こえるので腹がどんなに減っても部屋の外にいけず、仕方なくパソコンでゲーム実況を見ることにした。しばらく暇をつぶしていると妹とが出かける音がしたので時計を確認すると九時を回っていた。

「よし、朝ごはん食べるか。」

篤はようやくありつける朝食に気分を良くしながら一階に降りた。母親はどうやら自分の部屋にいるらしく、台所は静寂に包まれていた。家族と食事を一緒にしない篤の分はいつも母親が取り分けて冷蔵庫に入れてくれている。篤は冷蔵庫に貼ってあるメモを確認して、献立や何を食べていいかということを把握する。いつものように冷蔵庫のメモを確認すると、母親の字でリビングの机にある手紙を確認してくださいと書かれていた。篤はリビングの机に目をやるとそこには白い封筒が置いてあった。


篤へ

 

封筒の中の手紙を開くと父親の字で自分の名前が書かれている。


篤へ

昨日は唐突に傷つけて申し訳なかった。でも父さんと母さんは、篤に思いを伝えた以上これからは遠慮する気は無い。母さんには今後篤のご飯をわざわざ残しておかないで欲しいと頼んだ。母さんが用意した食事をたべたいのであれば、母さんと一緒の時間に食べなさい。一緒に食べないのであれば、家の物を食べないで自分で買って用意しなさい。洗濯も篤の分は勝手にしないで欲しいと頼んだ。篤自身が母さんに面と向かってお願いするか外のコインランドリーを使いなさい。約束通り一年間の猶予と自立するための支援は約束する。部屋はこれまで通り使って良い。お金は今まで篤の為に貯めていた貯金の一部を渡す。よく考えて使いなさい。

父さんも母さんも篤が一年後、自分の人生と向き合っていることが出来ると信じています。頑張りなさい。

そして最後に文乃に謝ってください。文乃は父さんと母さん以上に篤を気にかけ続けています。


篤は封筒の中に銀行の手帳とカードが入っていることに気が付いた。

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