第6話

「はは、イメージそのまんま」

 賞賛と興奮から、笑い混じりの声が漏れる。

 ブラウンやヘーゼルカラーに近い色の瞳、長いまつげ、目元の印象がハッキリする眉毛、少し膨らみのある頬。

「篤さんはこのような顔立ちがお好きなのですね」

 目の前の女性は、いつの間にか出現していた卓上鏡に映る自分を確認してから篤を見る。

「はい」

 明らかに自分の顔が熱をもっているのを感じつつうなずく。そんな篤をみて女性は微笑んだ。

「これまでゲームをプレイした方に限定した統計上ですが、異性の姿を我々に反映されるプレイヤーの八十七パーセントが、自分の理想とする異性の姿を思い描くという結果が出ております」

「はは、お恥ずかしい。でも、本当に好きに設定できるなら自分の理想を、って皆考えるんですね」

「そうですね。私は篤さんの理想の女性にしっかりとなれていますか?」

「はい。それはもう」

 目の前の女性はそう聞くと、満足そうにニコリと笑った。笑うと僅かにできるえくぼといい、自分が可愛いと思う要素がこれでもかと詰め込まれている彼女をみると、恥ずかしくつい頬を掻いた。

「ところで、名前がまだ設定されていないようです」

「名前って難しくて。何かいい候補ありませんか」

「そうですね。例えば、初恋の相手や片思いだった人、好きなアニメや小説の登場人物の名前を付けるのはいかがでしょうか」

「うーん、なんか初恋の相手や片思いだった人の名前を、ゲームとはいえつけるのは、趣味じゃないんですよね。なんか適当に決めてもらうことってできますか?」

「私の方で名づけることも可能です。ですが、これから長く一緒にいるキャラクターとなりますので、思い入れが持てるよう、篤さんがご自身で考えて名づけたほうがよろしいかと思います」

 確かにと納得する。しかし、改めて数分考えてもしっくりくる名前が思いつかない。

「名前ってもう少し後でも付けられますか?」

「はい問題ないですよ。決まったら教えてくださいね」

「ありがとうございます」

「私はあなたのことは、篤君とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「篤君は、照れるな。でも、様とかで呼ばれるよりは親近感沸くから、それでお願いします」

「了解です。篤君」

 篤君と呼ばれて、内心ではにやけていることに気が付くと、自分で自分自身のことを気持ち悪いな感じた。同時に、久しぶりに会話の中で自然と笑ったり、楽しいと思えっている自分にも気がつく。短い間の会話ではあるが、他人とおしゃべりをして心が動くということに心地よさも感じていた。


「では、まだチュートリアルも序盤ですので少しペースアップして行きましょう」

 その言葉通り、その後もチュートリアルが続いた。最初はワクワクしていたのだが、後半のほとんどはゲームの利用規約に関する内容ばかりで飽きてしまった。

「では最後にゲームの時間制限についてのお話です」

 女性ががそう言うと、部屋の中に鐘の音が響き渡った。

「びっくりした」

「今日はびっくりしてばかりですね」と女性はイタズラが成功したことを喜んでいるように微笑した。

「この鐘の音がゲーム終了十五分前の合図です。このゲームにいられる時間はプレイヤーの睡眠時間と連動します。ゲーム利用時は常にプレイヤーの脳波を測定しており、覚醒状態に近づく周期を計算しています。そして、最もプレイヤーが自然と目覚める周期に入ると先ほどの鐘の音が聞こえてきます」

「音が鳴ったら、必ず十五分後にはゲームが終了するの?」

「はい」

「どんな状況でも?」

「はい。どんな状況でも終了します。そして、終了一分前にはこちらの部屋にプレイヤーは強制的に移動しセーブが行われます」

「次回開始時もこの部屋からってこと?」

「はい」

「ふーん。まぁしかしゲームプレイ時間が睡眠時間と連動ってすごいな。どんなに楽しくてもいつまでも寝ていられる訳じゃないから、プレイ時間は限られているって」

「その制限があるからこそ、ゲームプレイ中は思いっきり遊ぼうと集中できるのだと思いますよ」

「寝ているのに集中ね。よくわからん。それにいったいこのゲームはなんだろうな。圧倒的にオーバーテクノロジーだし」

 改めて自分の周りを見渡した。現実世界となんの変りもない空間が目の前に展開している。ところどころ定型通りの言動をすることもあるが、AIを自称する女性キャラクターとの会話は自然でテンポも良い。自分自身も現実そっくりに再現されている。自分の目の前にあるテーブルに目をやると、いつの間にかアナログな砂時計が置かれていた。既に砂の多くは下に落ちてしまっている。

「これってゲーム終了までの時間を表していたりする?」

「はい。ちょうど残り三分ですね。何かここまでの説明で不明点などありますか」

「じゃあ、最後に。このゲームは何をしたらクリアになるの?」

「このゲームに特定のクリアやゴールというのは設定されていません。遊び方はプレイヤー次第です。モンスターがいる世界での活躍を望めば、世界はそのように構築されます。お店の運営などを望むことも可能です。そのほかにも登場キャラクターとの恋愛を楽しむことや、のんびりとした生活を送ることも可能です。この世界はあなたの思いを反映させた世界です。どんな世界にもなれます」

「本当になんでもありだな」

「そうですね。ほんとうになんでもありです。あなたは人間であり、人間は無限の可能性を秘めた未来に到達できる生き物ですから」

 いきなり、哲学っぽい。と思いつつ、女性を見ると、彼女の真剣な眼差しはまっすぐに自分に向けられていた。自分に無限の可能性を秘めた未来なんてあるのか、という現実味を含んだ不安を持ちつつ砂時計を見ると、数秒で落ちきる量の砂しか残っていない。

「ではまた会えるのを楽しみにしているね。篤君」

 女性が自分に対して手を振った。照れながら、同じように手を振り返す。次の瞬間、ゲームを開始した時と同じように部屋の中に霧がかかる。先ほどまではっきりとしていた意識は、少しずつ混濁し始める。この感覚こそばゆいなと思いながら、自然に任せて無意識へと向かっていった。

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