第3話

「このタワーパソコン、結構高そうだな。お、しかも水冷式」

 身に覚えのない荷物に入っていた物を、一つ一つ取り出して机の上に乗せる。タワーパソコンはコンパクト型なのでそこまで大きくは無いが、八年前に購入してずっと使用しているデスクトップパソコンよりも重厚感を発している。そして謎のヘルメットは思ったよりも軽い。全体で、だいたい二十ページ弱ありそうな説明書を、最初から読み始める。

「なになに、この度は弊社株式会社ビスケットの新サービス。家庭用睡眠没入型ゲーム機、アップルパイのテスターに応募いただきありがとうございます。って、俺いつ応募したんだよ。それに会社名がビスケットで、ゲーム機の名前がアップルパイって、どれだけメルヘンなネーミングにする会社だよ」

 

【ゲーム利用時はヘッドギアを装着してプレイします。】


「このヘルメット、ヘッドギアなのか。それにしては仰々しくない?」


【このゲームは脳波分析を専門とする弊社が開発した画期的なゲームであり、最大の特徴は睡眠時、特にノンレム睡眠時に夢を見るようにゲームをプレイすることです。】


「って、え、このゲーム寝ながらやるってこと?」

 そんな馬鹿な、と説明書を読み進め、終盤にあった使用時注意点のページを見つけた。そこにも、ゲームを利用するには眠る必要がございます、という記載を見つけて引いてしまった。

「本当なら、画期的を通りこして恐怖だろ」

 流石に怪しい。いくらなんでも、詐欺なんじゃないか。すぐに、机の上にもとからあった、型落ちのパソコンで会社について検索を始めた。意外にも、会社のホームページは検索サイトで上位に見つかり、アクセスしてみる。

 

 株式会社ビスケット。創業は三年前。東大の理工学・情報工学・医学専攻の生徒が中心に活動していた、最先端医療研究サークルのメンバーによって起業。脳波を利用したロボットリハビリ領域や、視覚にハンデを持つ患者の学習プログラム開発などで主に活動。今年の夏に、新事業としてゲーム領域への参入を発表。政府による最先端基礎研究支援プログラムに選定。と輝かしい内容が掲載されていた。つにでに、政府の最先端基礎研究支援プログラムのホームページや、国税局の法人番号公表サイトも確認してみる。株式会社ビスケットは、どちらにもしっかりと会社の名前が載っていた。

「まぁ少なくとも、めちゃくちゃ怪しいってことは無いのか」

 疑念が完全に晴れたわけでは無いが、少し安心すると、途端にゲームに興味が出てきた。ヘルメット改め、ヘッドギアの内側を覗き込む。後頭部から前頭部まで、頭がヘッドギアと接する部分に、びっしりと円形の板が規則正しく並んでいる。目を覆う部分は上下可動式になっていて、こちらにも無数のセンサーらしきものが並んでいる。そして、とてもヘッドギアと言えない最大の理由が口元である。口元は左右可動式で、中央までくるとマスクのように完全に口が隠れる仕様になっている。ヘッドギアの装着方法のページの見ると、人間の顔のうち、鼻とほほの一部だけ見えている装着イメージが書かれていた。初見でヘルメットと思った自分の感覚はあながち、間違っていない。試しに装着してみると、見た目の仰々しさと比べ、予想以上にヘッドギアは軽く、そして装着感は快適だった。


「とりあえずやってみるか」

 タワーパソコンの電源ケーブルや有線LANケーブルなどの準備を始めて、すぐに今日一食も取っていないことに気が付いた。時計は夕方の六時回っている。もう少しで、母親は夕ご飯の準備を終えるはずだ。母親だけなら会話せずとも食事をすることができるため、稀に一緒に机を囲むことはある。しかし、妹が帰ってきている。つまり、夕食は三人で席につかなければならない。それは気まずい。五分ほど扉の前で悩み、最終的に夕ご飯は諦め、一旦お菓子などで凌ごうと決め部屋を出た。扉を閉めると、丁度隣の部屋から文乃か出てきた。まじかよ。っと真っ先に思ったが、顔に出さないようにする。文乃とばっちり目が合っている。予想外すぎて、自分から話しかけることも、目を逸らすこともできない。ただ自分は固まっている。

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

「なんでもないなら、なんで固まっているの」

「ごもっともで」

「お母さん夕ご飯できたって言ってる?」

「いや、まだ聞いてないから分からない」

「一階に降りないの?」

 文乃の質問というよりも、促すような口調に小刻みに頷き、階段を降り始めた。一階のリビングでは、母親が机の上に料理を並べている最中だった。足音が聞こえたからか、母親や顔を上げて、階段の自分を見た。

「篤。荷物入れてくれたの」

「ああ、入れたよ」

「ありがとう。夜ご飯一緒に食べる? 食べるならお茶碗にご飯盛るわよ」

「食べな…」

食べない。最後の「い」をいう前に、後ろにいた文乃が背中を押してきた。後ろを見ると、少し不機嫌そうな顔の妹。そして目の前では、自分のお茶碗を食器棚から出そうとしている母親を見ると、「食べない」とは言えない。渋々、リビングの食卓の席に着いた。文乃はテレビを付けて、ソファに寝転がった。ちょうど推しのタレントが出ていたらしい。久々の家族団らん。落ち着きなく、横目でテレビと母親を交互に視線を動かした。

「ちょっと、文乃ちゃん。ご飯食べるから早く席ついて。お兄ちゃんも待ってるでしょ」

「はーい」と文乃はテレビを見ながら、篤の左の席に座った。母親もお茶碗を並べ終わると、目の前の席に座った。二人は手を合わると、篤を見た。

「え、俺がするの」

「そうでしょ。お父さんがいない時は、順番として篤でしょ」

「じゃあ、母さんご飯作ってくれてありがとう。いただきます」

「いただきます」と文乃も続けて繰り返した。

「乾杯、そしておめでとう」と母親がコップを掲げた。

「乾杯。ん、おめでとうって、何が?」

「何がって。今日、篤の誕生日じゃない」

「あぁ」

 そういえばそうだった。自分でも忘れていて、不意に低い声がでてしまった。

「飽きれた。自分の誕生日忘れてたの」

 文乃は勝手に自分のコップに乾杯をして、食べ始めた。食卓に並んでいる食事をよく見ると、マグロの醤油漬けとチキン南蛮に、かぼちゃの煮つけ。すべて自分の好物のおかずばかり並んでいた。

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