第2話 魔法少女vs某有名野球選手

気が付けばもう三ヶ月。私は未だに魔法少女を続けていた。

「ホラ、アバズレがまた窓際でなんか黄昏てるよ」

「あはは!」

彼女らは別に私に関わるでもなく、遠くから私に罵倒の言葉を投げかけるだけ。

なんとも思わない。

三ヶ月前までは。

ガガガガガと、音を立てて椅子が動く。私は教室を後にしようと机から立ち、出入り口にたむろしている彼女らに向かって歩き出した。


「な、なによ!あんた最近社会人とつるんでるそうじゃない!」

「どうなのよ!?そいつに体で貢がせてるんじゃないの!?」

「アバズレ!!」

 口々に、彼女らから罵声が吐き出される。

コイツらが言ってるのはきっと亜麻のクソヤローの事だ。あいつとなんかあるとか思われていると思うとなんだか癪だけれど、別にコイツらとは何の関わりもないし。どうでもいい。


「アバズレ!!」

「どんっ!!」


握り拳を二つ縦に繋げ空想のバットを作る、私はこいつらに向けて素振りをしてやった。

「なによ!?」

「ふふふ。ふふふふふ。はは!はははは!!」


 コイツ等の脳味噌をぶちまけたらどんな風になるのかな!

灰色には飽き飽きだ!

赤色が好き!

雁首揃えて、ボーリングのピンみたいに並べて、纏めて刈り取ってやりたい!


***


アメリカンドリームを分け与えた者たちが次々姿を消している。数々の推察の結果この答えに辿り着いたのがつい七日前、そしてその元凶がどうやらスーツを着た男と、ロリータの少女の二人組である事が分かったのが三日前、そろそろ憂いの芽は摘んでおかねばならない。

そう言ってミーが動き出したのが今日だ。

「おじさん。今日はどこにいくの?」

「ああ、ボーイ。今日はね、八王子だ」

東京を観光するという目的で来た日本。

ここ三ヶ月でもうほとんど東京はしゃぶり尽くしたと言って良いだろう。いくら東京といえども、こんな田舎には何も無いだろう。 

まあ他の目的もある。他でも無い、あの憎き二人組がどうやらこの八王子にいるようなのだ。ミーの与えたアメリカンドリームの残滓を見れば分かる。

「おじさん。それで八王子で何するの?」

「ああ、まあ、うん。何をしようか。観光するにも何も無いな。

だがなボーイ、さりげない道を歩くだけでも旅行にはなるさ。取り敢えず入れるレストランを探そうか」

 

少年が無自覚に、ミーに牙を剥いた。

「おじさん。僕達が救ってあげたひとたち、いましあわせかな?」

なっていない。だが子供にそんな辛い事実を伝える訳にはいかないだろう。

「ああ。そうだろうとも。彼らはアメリカンドリームを手に入れたんだからね」

彼らの結末はそれは残酷で、ミーの力をもらった者どもはミーの力に耐えられないで、暴走した挙句、最後に得体の知れないプリチーガールに殺される始末だ。

どうやら日本に来てから幸先が悪い。

「どうしたのおじさん。黙っちゃって」

「ああ。なんでもないよ」

とにかく、あのプリチーガールが元凶なんだ。早く彼女をどうにかしないと。


暫く歩き、何かを感じ取った。

香しい匂いがする。それは狩りをする者が醸し出す、甘ったるい匂いだ。

「おじさん。道に骨が落ちてるよ。犬さん、落としちゃったのかな」

歩く道の先には確かに骨が落ちている。でもこれはただの骨じゃない。ゴクウの腕の骨だ。間違いない。

骨にはかすかにミーの力の残滓が残っているのだから。

よもやこのミーに罠を張る存在が出てくるとはな。

好都合だ。

この時期にこの罠。プリチーガールと無関係なんてことはないだろう。

「ボーイ、少し脇道に逸れるが、いいか?」


***

 

「来たか。黒幕さん」

「初めまして。プリチーガール」

匂いを探るまま、路地裏に入り、やがて人気のない公園に着いた。

そこにはロリータの少女と冴えないサラリーマン風の男が二人立っていた。


しかし、それだけではない。彼女から迸る闇の闘気は何だ。

ミーはその可愛らしい恰好に、直感的に寒気がした。

一体なんだ?この感覚は。

「じゃあ早速、始めようぜ」

卓越した強者同士の戦いに言葉はいらない。


ただ二人が相対し、男がピッチャーズプレートを踏み、少女がホームベースに立つ。

しかしその足は着実に土を踏み締めて、向き合う。強者同士の戦いに、試合開始の合図は最早無粋だろう。


「ガール、ミーの名前を知っているか?ミーの名前はロジャースと言う」

かつてその名を聞いた観衆は熱狂し、対戦相手は戦慄した。ユーはこの名前を知っているか?

「ロジャースだって。リリカちゃん知ってる?」サラリーマン風の男が少女に問いかける。

「いいや、知らない」

「昔有名だった野球選手だよ。百戦百勝。向かう敵を悉く打ち砕いてきた『荊の流星』」

「ふうん」

興味なさげに少女が相槌する。

「なんであれ、私は殺しができればそれでいいや」

キララは目を瞑り、心を沈めた。それはこの三ヶ月で編み出した新たな境地。

「八幡大菩薩様。私に力を下さい」

目を閉じたままWRSSを両手で上に掲げた。

「ガール。なんだその構えは」

「上段」

「なんだそれは?野球を舐めるな。そんなのは打者の構えではない」

彼女は黙ったまま。それ以降何も動こうとしない。しかしなぜか彼女の立ち姿には躍動が感じられる。

「ガール。返事をしろ。このまま死合を始めてしまうぞ?」

「舐めてるのはあんたよ。アメリカ人。日本にだって野球はあるから。それも愚かなアメリカ人のヘボ野球とは違う、数百年の伝統ある物がな」


「じゃあそのままいくぞ」

ボールをミットへ。やがて後ろへ。腕の筋肉は躍動し、血管は浮き出て踊り出す。これぞアメリカといった風情である。

そうしてまるで全てを破壊してしまうような、そんな破壊の弾丸がロジャースの掌から放たれる。

「   一球入魂ッッっ!!!    」


ミーはアメリカだ。ミーはアメリカそのものだった。

千年前、あの広大な土地を島伝いに進んで発見したのもミー。

そのあと八百年後、明白なる天明を掲げてインディアン共を追いやったのもミーだ。

愚かにも私に逆らった背の低いアジア人に対して、リメンバー・パールハーバーと言い、皆を導いたのもミーだ。

最近でも、ミーのツインタワーに飛行機で突っ込んだ馬鹿共がいたな?返り討ちだ。


豪速球で投げられた球はそのまま少女の心臓を貫くかに見えた。

しかし。彼のボールはもう消えて、どこにも見当たらなかった。というよりも、消えて無くなったと言った方がいいのか。

「なんだと?ミーの一球が止められた?」


一刀両断。その構えから繰り出される一閃は確実に万物を粉々に粉砕しうる力が篭っていた。


鬼神。彼女のその手に持つ得物ではなくて、彼女そのものが、その姿が熱と自分の震えで揺らいで見える。


そうしてロジャースが感じたものは彼には今まで全く覚えの無いものであった。

恐怖。

圧倒的なまでの実力差。

この場面には見覚えがある。

世界に生れ落ちてから勝者であり続けた彼が、今回は彼が敗者としてこの場に立ち会っている。彼の股からゆっくりと熱い液体が流れ出す。かつてホームベース越しに見たあの惨めな投手の如く。


 為す術もなく、その場に崩れ落ちた。


「おじさん。

おじさん立ってよ。おじさん!まだみんなを助けたいのに!どうして倒れるの?あめりかは?あめりかがなくなっちゃったの?

ねえおじさん!」

「ボーイ。アメリカンドリームが何で成り立っているか分かるか?」

「なに?」

遠くで座って見ている子供に老兵は問いかける。子供は何も知らないその笑顔で聞き返した。

「それはね。君の思いだ。君の何かになりたいっていう思いがそこらじゅうから集まって、そんな所からアメリカンドリームは生まれるんだ」

英雄のように躍進する人々、それを羨望の眼差しで見る人々、その中からまた新たな英雄が生まれる。その連鎖がアメリカンドリームなんだ。

どうだい?

知っているかい。この連鎖がとんでもなく美しいんだよ。

「僕、おじさんのいってること、むずかしくて分からないよ」

「ボーイ、半端な覚悟でならこの場に顔を突っ込むな」

でも君は君の思うままに生きろ。人に何かを施す事に生きるなら、それを貫いた時、君に憧れる人が必ず出来るだろう。

「ねえおじさん!ぼく、おじさんみたいになりたい!

誰かに迷いなく、手を差し伸べられる人になりたい!」

 老兵は知っていた。少年のその考えが間違っているのは明白だった。

「そうか」

 富豪がエゴを満たすため、少しの金を貧乏人に分け与えるのと同じ。

力が有り余り過ぎていたから分けてやっただけだ。

少年の抱く甘ったるい理想なんかとは眩しくて、目を背けたくなるくらい違う。

ああ、だが久しぶりに真面目にやれそうだ。ボーイ、見ていてくれよ。羨望を集める英雄の姿。


「リメンバー・パールハーバー」

アジア人の、それも少女に、ここまでされて引き下がれる訳がない。立ち上がろうか。

「リメンバー・パールハーバー」

私が、どれ程の選手生命をこの腕で粉砕してきたと思っているんだ。

「リメンバー・パールハーバー。プリチーガールよ。ミーは今、あの時のロスのドジャー・スタジアムの土を踏みしめている気分だ」

「知らねえ。

だが漸く立ち上がったみたいだな。そうだ。そうじゃなきゃなあ。じゃなきゃWRSSの名が泣くぜ」

「君みたいな年端のいかない少女に。そんな事を言われる覚えはないね。

しかし、さっきのスイングは良かったよ。ジャパンにもなかなか骨のある奴が居るじゃないか。お陰でミーのパンツはびしょびしょだよ」

少女はただ、綺麗な歯を見せて笑った。

そして言う。



「野球しようぜ」

「特例中の特例。バッター同士、一対一の試合を申し込む」

「てめえの頭蓋、俺がぶち撒けるのが先か、俺の頭蓋をてめえがぶち撒けるのが先か、互いに互いの命を賭けろ。

「野球しようぜ。観衆が望んでいるのは何か?生温いおもちゃ遊びを無駄に複雑なルールで誤魔化した馬鹿みたいな野球か?

そうじゃねえだろ?

殺し合わなきゃ意味がねえ」

「血湧き肉躍る最高の娯楽をしようじゃねえか。

本当の野球をしようじゃねえか」


「おい亜麻。特例用の、持ってきた物を用意しろ」

「はいはい」

そう言って亜麻は彼女の言われるがまま、二つの無骨な棒を二人に投げた。

「これは、アダマンチウムか」

WRSSと同じ素材。この世で最も硬いとされる金属。その真っ黒な光沢が、眩しい陽の光を反射してロジャースの頬を照らす。

「この握り心地、この質感、温度感。・・・おかえり。あと一試合だけ、付き合ってくれないか」

二人は全く同じ瞬間、同じ動きで、棒を持った腕を一旦曲げて、そして互いに向かって突き出す。

「試合、開始だ」


***


ぼくは、おとうさんにりっぱな人間になれ、おかあさんにはぐずな人間にはなるなって言われて育ってきました。

ぼくはおかあさんと、おとうさんも、大好きだから、言う通りにして生きてきました。

それでいいの?なんて言われたら正直なところ分かりません。

子供はふつうは、大きな夢をもって生きているものだってみんな言うけれど。

でも僕ががんばっているのは二人が大好きだから。それだけで理由は十分じゃないの?


ねえ、おじさん。教えてよ。『アメリカンドリーム』って何?

おじさんがそれを分けてあげたあの大人の人たちは本当に今幸せなの?

もしかしてそうじゃないとしたら?僕のした事って一体どんなものになるのかな?


「決めた。僕、お姉ちゃんみたいな野球選手になる!!」

なんて美しい。狂ったような殺し様。

少年の抱いていた憧れは粉々に砕けた。

 この血に塗れた戦場で、地面に転がったおじさんの頭を尻目に、少年は花のような笑顔を浮かべた。

それは理性を忘れた猛獣ですら憐れむ程幼気で、賢者を泣かせる程に無垢で、それでいて、このぶっ壊れた世界が最も欲していた笑顔だった。

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魔法少女ワイルド・ローズ・シューティングスター たひにたひ @kiitomosu

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