第10話 十

「貴方って可愛いわね」

そう言われてしまうと恥ずかしさが込み上げてきてしまい、咄嗟に顔を背けてしまったのだが、

すぐに向き直るとお礼を言いながらその手を取った。


そんな私に微笑みながら頷くと立ち上がった彼女と入れ替わる形で椅子に座り直した私は、

さっそく本題に入ることにすると、早速質問を投げかけた。

すると返ってきた答えは予想通りの内容であり、


「それなら簡単よ。貴方が彼のことを嫌いになればいいだけでしょ?」

それを聞いた途端、愕然とすると同時に怒りを覚えた私は声を荒げて反論しようとしたのだが、その前に彼女が話を続けていく。


「確かにそうね。普通ならばそうなのでしょうけど、貴方は違うわよね?

何故なら、彼のことが好きなのだから」

その言葉にハッとなった私は、そこで初めて自分の気持ちに気づいたのだった。


(そっか……そうだったんだ……。本当はとっくに気づいていたはずなのに気づかないふりをしていただけだったんだ……)

それからしばらくの間、無言のまま俯いていた私だったが、不意に顔を上げると真剣な眼差しを向けてきた彼女と目が合ったので、

私もまた見つめ返すと頷き返した。


「ありがとう、おかげで目が覚めたよ」

そう言うと、椅子から立ち上がり、そのまま部屋を出ようとするも途中で足を止めると振り返ってこう告げた。


「……それと、ごめんなさいね」

それに対して彼女も笑みを浮かべて答えてくれたのを見てから部屋を後にした私は、

一人廊下を歩きながらこれからのことを思案していたのであったが、その足取りはとても軽いものだった。


そして、ある場所までやってくると扉をノックしてから中へと入っていくなり、開口一番にこう言うのだった。


「お話があります」

すると、椅子に腰かけていた彼がこちらを振り向いてきたので、真剣な表情のまま近づいていくと、

目の前で立ち止まった後で、静かに息を吸い込んだ後に意を決して話し始めることにした。

(よしっ!)


「実は、貴方に話したいことがあるんです」

そう言った私に対して彼は怪訝そうな表情を浮かべながら訊ねてくる。


「……急に改まってどうしたんだい?」

その問いかけに答えるべく、一度深呼吸をした後で、真っ直ぐに彼の瞳を見つめながらこう告げるのであった。


「私と別れてください」

その言葉を聞いた途端に目を大きく見開いた彼だったけれど、すぐに表情を戻すと、

何事もなかったかのように聞き返してきたので、それに答えたところ、彼は黙り込んでしまったため、

気まずい空気が流れ始めると同時に気まずさを感じていた私は、早々に立ち去ろうとするも、

それを阻むように呼び止められたために立ち止まって振り返った直後、彼から思わぬ言葉が飛び出してきたことに驚いてしまうこととなる。


「わかった、じゃあ、別れることにしようか」

それを聞いて耳を疑った私は、すぐさま聞き返すことにした。


しかし、彼は何も言わずに微笑むだけで、それ以上は何も語ろうとはしなかったのである。

(なんで……こんなことになっちゃったんだろう……?)

そんなことを考えながら落ち込んでいると、いつの間にか彼が目の前に立っていたことに気づき、

慌てて距離を取ろうとするも腕を掴まれてしまい、逃げることができなくなってしまう。


そのことに恐怖を感じた私は、必死になって抵抗するものの、全く歯が立たずにいるどころか、

徐々に距離を詰められていき、とうとう壁際にまで追い詰められてしまったことで逃げ場を失ってしまった私に向かって、

ついに彼の手が伸びてきたかと思うと、顎を持ち上げられたことで強制的に上を向かせられてしまう。


それによって視線が交わる形となり、目を逸らすことができないでいた私の耳元へ顔を近づけてきた彼は、

そっと囁くように告げてきた。

その声はとても優しく、それでいて甘美な響きとなって私の心を震わせてしまう。

そんな私の様子に満足げな笑みを浮かべた彼は、さらに続けてこう言ったの。


「聖羅、愛してるよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてきてしまった私は、思わず涙ぐんでしまっていたのですが、

そんな様子を目にした彼は、嬉しそうに微笑んでいたかと思えば、突然抱きしめてくるではありませんか!


突然のことに驚きを隠せないながらも、どうにか抜け出そうと試みるものの、びくともしないばかりか、

むしろ力が強まっていく一方で、次第に息苦しくなってきた私は、どうにかして逃れようと藻掻いているうちに、

ふと我に返ってみると、今の状況に気づいてしまって、慌てて離れようとしたけれど、すでに手遅れだったらしく、

気がつけば彼に唇を奪われてしまっていたのです。


「んんっ!」

(やだっ、恥ずかしいっ!)

そうは思っていても、逃げることは叶わず、それどころかますます激しさを増していったことにより、

もう限界だと感じていた時、ようやく解放された私は、肩で息をしながら呼吸を整えようとしていたその時、

またしても唇を奪われてしまったことでパニックに陥ってしまうことになる。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」

そう言いながらどうにか止めさせようと、必死で抵抗を続けていたものの、今度は首筋に吸い付かれてしまい、

そこから甘い痺れが駆け巡ったことで体の力が抜け落ちてしまった私は、されるがままの状態になってしまい、

なす術もなく身を委ねることしかできなかった。


その後、どれくらいの時間が経過したのだろうか?

我に返った時には既に日が暮れていて、外では星が輝いていたのです。

そして、体を起こそうとした時に腰に痛みを感じたことから、何があったのかを思い出して恥ずかしくなった私は、

近くにあった枕を手に取って顔を埋めることでなんとか冷静さを保とうとしていたのだけれど、

そこへ突然声をかけられたことで、ビクッと体を震わせてしまった後、恐る恐る顔をあげてみると、


「起きたんだね、おはよう」

そう言って微笑みかけてくれる彼の姿を見た私は、何故か安心感を覚えてしまったのですが、

それと同時に昨夜の出来事を思い出してしまったことで、恥ずかしさのあまり、まともに目を合わせることができなかったのです。


それでも、このまま黙っていてはダメだと思った私は、勇気を振り絞って問いかけることにしたのでした。

その結果、やはりというか、当然といえばいいのか、あのキスの意味を知り、

さらには私が眠っている間に告白されたらしいということを知った途端、嬉しさが込み上げてきて、気づけば涙を流していたようで、

それを見た彼が慌てふためいていたのには、


「クスッ」

と笑ってしまいましたが、それをきっかけにして自然と笑い出したことで、

先程まであった不安や緊張といったものが薄れていくのを感じた私は、落ち着きを取り戻すと、

改めて彼と向き合い、そして、笑顔でこう告げるのだった。


それからというもの、彼との関係が大きく変わることはなく、今まで通り接してくれるようになったことが嬉しかった私は、

これまで以上に幸せを感じるようになっていた。


そんなある日のこと、彼の部屋で寛いでいた時のこと、たまたま目についた写真立てに飾られた一枚の写真を見て、

気になった私は、何気なく尋ねてみたところ、少し考えた後で話し始めた内容を聞いて、

そのあまりの衝撃的な事実を知ることとなった。


というのも、そこには二人の人物が写っていたのだが、一人は間違いなく彼だったけれど、

もう一人については心当たりがなかったからである。

だから、詳しく話を聞くために、彼の隣に座って一緒に覗き込むようにして写真を見ていた私は、

そこに写っている人物の顔を確認するなり、言葉を失ってしまうのだった。

なぜなら、そこに写っていたもう一人の人物は、他でもない私自身だったからです。

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