第6話 六

「聖羅、どうかされましたか?」

「いえ、何でもありませんよ」

私は慌てて笑顔を取り繕いながら答える。


危ない、もう少しで表情に出てしまうところだったよ。

でも、これから行く予定のことを考えたら緊張しちゃって仕方がないんだよ。

今日は、久しぶりに婚約者とのデートなの。

といっても、いつものように街中でのショッピングやカフェ巡りといった感じなんだけど、

この前は少しだけ特別な場所に行くことになったんだ。


そう、それこそが王城なのよ。

婚約者とはいえ、一介の女子高生が簡単に足を踏み入れるような場所では決してないの。

だから、どんな服を着ていけば良いのか分からず悩んでいるのだけど、結局無難なワンピースに決めて準備万端となった私は、

迎えに来た馬車に乗り込むと意気揚々と乗り込んでいったの。


そしてお城に到着後、早速通されたのは庭園だった。

そこは色とりどりの花が咲き誇っており、 見ているだけで幸せな気分になれそうな空間が広がっていたのだ。

そんな中、私たちは並んでベンチに座っていた。

ただ、座っているだけだと暇なので話を始めたわけだけど、話題の中心となったのは最近読んだ本のことだった。


「そういえば聞いたことがありますよ、聖羅が本を沢山読まれていると。読んで欲しいものがあるのですけどお願いできませんでしょうか?」

「あら、そうなんですの? よろしいですよ、殿下の好みに合うようなものを探し出してきましょう」

こうして、しばらくの間殿下の趣味の話を聞くこととなった。


ちなみに、私が今読んでいたのは、とある侯爵令嬢と騎士団長の息子の恋愛小説なんだけど、

なかなか面白い内容だったのですっかり夢中になっているのよね。

他にも、騎士見習いの少年の恋の物語とかもあるんだけど、これがまた面白くて続きが出たら必ず買おうと決めたくらいだからね。

殿下と話をすることで、より一層興味を持つことができたため、今度図書館に足を運んで借りてみようと決意した。


その後は、二人で仲良くお茶を飲めるようなスペースに移動して、休憩を取ったりしながらまったりと過ごしていった。

さすがに、長時間立ちっぱなしというのも疲れてくるから助かったよ~。

そんなこともありながら時間が経過していき、いつの間にか夕方になってしまったため、今日のデー卜は終了となり、

帰りの支度の為、部屋に戻るために一度別れたの。


そしてしばらくして準備が整ったとのことで、玄関ホールへと移動して待機していた殿下と合流した私。

すると、そこに一人のメイドさんが駆け寄ってきた。

彼女はこちらにやって来るなり、深々と頭を下げた。


それは何故かと言うと、この後殿下の部屋まで来ていただきたい、という伝言を預かっているため、

それを私に伝えにきたのだという。

そんなことを告げられて、嫌な予感しかしなかった。

だって、その日はたまたま婚約パーティーが行われる予定だったんだもん。


そのため、絶対に行かなければいけないと分かってはいるので渋っていた私だったが、

殿下は、是非来て欲しいと何度も頼まれて仕方なく承諾することとなった。

ただし、ドレスコードとして白のスーツを着ていかなければならないため、それについてだけは譲れないと言い張った。

それで何とか許可してもらうと、そのまま会場まで連れて行ってもらうの。


到着し中に入ると、すでに多くの人が集まっており、皆それぞれ談笑したりしているようだった。

その様子を見ながら私も挨拶回りを済ませた後、ようやく一息つけると思っていたのだが、

その時突然背後から声をかけられたの。

振り返ってみるとそこにいたのは、ルシアスだったの。


どうやら彼も、招待されていたらしいのだが、その姿を見て思わず見惚れてしまった私は、

その場で固まってしまっていたのだった。


そんな彼は私の様子に気付いたのか心配そうに声をかけてきたのだが、

我に返った私は咄嗟に距離を取るように離れたところで会話を交わしていると、

突然後ろから声をかけられたので驚いて振り向くとそこには、見知った顔があったのだった。

その相手とはなんと、私の友人でもあるソフィアちゃんだったのである。


そんな彼女を見た私は、思わず話しかけてしまったのだけど、何を話せばいいのか分からなかった為、暫くの間沈黙が続いていた。


「聖羅は殿下とは上手くいっているの?」

「えっ!? いや、まぁそれなりに上手くいってると思うけど……」

(急にどうしたのかしら……?)

「それなら良かったわ、実はね殿下ったらいつも貴女の話ばかりするのよ~」

そう言って微笑む彼女を見て、なんだか気恥ずかしくなってきた私は顔が赤くなっていないか心配になり、

手で顔を隠していたらその様子を見た彼女が、 ますます笑みを深くしていくのを見てしまった私は、

恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したい衝動に駆られたんだけど、すぐに腕を掴まれてしまったせいで逃げられなくなってしまったの。


そうして身動きが取れなくなった私は、諦めて大人しくすることに決めたんだけど、

その後もずっと離してもらえず困っていたんだよね~。

すると、そんな状況を見かねた彼女の執事であるヴァリアちゃんが助け舟を出してくれたおかげで解放されたんだけど、

その際に耳元で囁かれてしまったことで思わず赤面してしまった私だったの。


私がそうしていると殿下がこちらへ来て、こう言ってくる。


「聖羅、バルコニー行こう」

「え、うん、いいけど……どうして?」

突然のお誘いを受けて戸惑ってしまう私だったけど、特に断る理由もなかったので了承することにしたのだが、

一体何の用なんだろう……?


不思議に思いながらもついて行くと、そこには既に先客がいて何かを話している様子だったので、

邪魔にならないようにそっと離れようとしたのだが、彼に呼び止められてしまい、一緒に来るよう促されたので、

渋々ついていくことにしたのだった。


「よし、聖羅、ここでキスしてくれ」

「はい!?」

いきなりの発言に対して驚きを隠せない私に、構うことなく近づいてくる彼の顔を直視できず顔を逸らしてしまう。


しかし彼は、お構いなしといった様子で迫ってくるものだから逃げ場を失った私は、

覚悟を決めると目を瞑りながら待つことにして、その瞬間を静かに待っていた。

やがて、お互いの唇が触れ合った瞬間、心臓が高鳴り身体が熱を帯びていくのを感じた私は、

思わず彼の背中に手を回して抱きついてしまったのである。


その状態のまま何分が経過しただろうか、どちらからともなく唇を離すと見つめ合い、

「あぁっ、もっとキスしようじゃないか、聖羅」

「いやぁっ、もう無理っ! もう許してぇ~!」

そんなやり取りをしていた私達は、お互いに夢中になっていたせいか周りが見えておらず、

誰かが近くに来ていたことなど全く気付かなかったの。


その為、声を掛けられたことで正気に戻った私達は慌てて離れると、

何事も無かったかのように振舞おうとしたが時すでに遅しで、

完全に見られていた上にバッチリ聞かれてしまい、恥ずかしくて死にそうだったわ。


その後、なんとか誤魔化しきった私達は部屋に戻り休むことになったの。

でも、その間中彼からの視線を感じていたのだけれど、あえて気付かない振りをしてやり過ごすことに成功したわ!

それからというもの、彼がやたらと見つめてくるようになったけれど、それでも無視し続けた結果、


「聖羅、どうして無視するんだ?」

ついに痺れを切らしたのか、彼が話しかけてきたことで観念した私は、

ゆっくりと振り返ると視線を合わせてから口を開く。


そこでまず最初に出てきた言葉は、謝罪の言葉だった。

何故なら、今まで無視してごめんなさいという気持ちを込めて頭を下げたからである。

それに対して彼は少し驚いた様子を見せたものの、すぐさま優しく微笑んでくれると共に許してくれたのだった。


(はぁ~、よかったぁ~)

心の中で安堵しながらホッと胸を撫で下ろす私だったのだが、今度は彼の方から話しかけてくる。

その内容というのが、今度の休みにデートに行こうというものだったの。

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