十二

 アメリアの二の舞の被害者が出ないよう足元に気をつけながら慎重に歩き続け、ノーコアの森を抜けたのは予定より一日多くかかった日の朝だった。

 数日振りの日の光に、喜ぶ者もいれば目が慣れず再び森に戻ろうとする者もいた。しかしどこまでも続く暗闇から出られたことで、どの人の表情も明るかった。


「やっぱり昼間はこうじゃなきゃな! しっかし本当に真っ暗だったな」


 体をほぐすように腕をぶんぶん振り回すライラをくすくす笑いながらアメリアも頷く。


「迷惑をかけた私が言うのもおかしいけれど、皆が無事に通過出来て良かったわ」

「だなー。アメリアも無事だったしな」


 そう言ってライラはアメリアの肩をがしっと抱く。そして急に真面目な顔つきになったと思ったら、近くに人がいないことをサッと確認し、声を潜めた。


「お前、実はあの時なんかあったんじゃないのか?」

「……あの時、って」

「お前がいなくなってた時、森が揺れただろ、あたい達が山で男たちに襲われた時みたいにさ」


 アメリアはドキッとしてすぐ近くにあるライラの漆黒の瞳を見つめ返す。咄嗟に嘘をついて誤魔化そうかとも思ったが、ライラにはきっと通用しないだろう、と考えて諦めた。


「……まだ、他の人には話さないでくれる?」

「あたいは隠し事は苦手だし嫌いだ」

「分かってる。私も隠したいわけじゃないわ、ただ、余計な混乱はさせたくないから……。キングさんたちと合流して、皆が無事コランダムに入れたら聞いてもらおうと思っていたの」


 そしてわざとゆっくりと歩きながら、転げ落ちた先で出会った青年シンのことを話した。


◇◆◇


「あの森の中で、人が生活してるってことか?」

「そう、だと思う」

「まさか……、だってあたい達は準備をしてから入ったから大丈夫だったけど、あの森の中じゃ満足に食うものも無いだろう。それを、いつからか分からないくらい長い間、親もいないで一人で、って……」


 信じられない、という表情のライラにアメリアも同意した。

 あの時はシンの寂しげな表情に圧されてそれ以上追求出来なかったが、冷静に考えればやはりあの森の奥で人間が一人で生活している、というのは信じがたい話だった。


「それも、まるで落とし穴みたいに深いところなんだろ? あたいはサイモスと一緒に北から回ったけど、どこまで歩いても地面は真っ平だったぞ」

「そうなの?」

「ああ。東と南に行った連中もそう言ってた。西側だけ地形が違うのかな。でもあたい達もど真ん中を突っ切ったわけじゃないからなぁ」


 アメリアは自分が転げ落ちてシンと出会い、そして突然ステラ達のいる場所に放り出されたまでのことを思い返す。確かな記憶ではあるのに、どこかちぐはぐでもあった。


「じゃあ、そのシンて奴に何かされたとかじゃないのか? あの森の揺れは」

「う、うん。だってほら、私どこも怪我してないでしょ?」

「まあ、そうだよな……。あたいはさ、この前の山の件もそうだけど、アメリアには山の神がついてるんじゃないかな、って思ってたんだ」

「神様?」

「ああ。アメリアに危険が及んだ時に、山が震えて救ってくれたんじゃないかって。だから今回もアメリアにやばいことが起きて、それを救うために森が揺れたんじゃないかなって思ったんだけど、そうじゃなかったんだな」

「うん。でも、神様なんて……」

「なんだ、信じられないのか?」


 うーん、と首をかしげるアメリアを、ライラは不思議そうにのぞき込む。


「神はどこにだっているんだぞ、山にも、森にも、空にも、風にも」

「まさか」

「いるよ。あたい達の教えではそう言われている。大地の神、光の神、闇の神。花にも草木にも、稲穂にもいる。アメリアは……そういう神様に守られているんだって思ってた。だから今回も守られたんじゃないのか。だからステラの前に戻ってこられた。森の神か闇の神か、どっちかわかんねえけどな」


 まあお前が無事だったならいっかー、と、ライラは急に明るい声をあげて伸びをすると、ほら、とアメリアの手を握って前方を歩いているアルヴァ達に向かって駆け出していった。


◇◆◇


 荒地に放り出されたレイモンは、夜の間に星の位置から方角を見定め、まずはアメリアとキング達が向かったとされる北へ向けて移動し続けた。

 途中で腹が減って動けなくなると、そのあたりに生えている草や果実を取って食べた。中には人が食べられない物もあったらしく、腹を下して動けなくなったこともあった。


 それでも這うように歩き続け、やっと人里らしい景色が見えた時には、逆に安堵して力が抜けて、その場にへたり込んで倒れ込んでしまった。


(やっとここまで来れたのに、死ぬなんざまっぴらだな)


 自分が生きているのか死んでいるのかも分からない状態で横たわっていると、荒い足音が近づいてきた。気配から、大きな獣か大柄な人間だろうか、と思いながらも瞼すら動かせなかった。


「……なんだ、死んでんのか?」


 靴先でレイモンの肩を突いているのは、ステラが遭遇したあの黒装束だった。

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