十一

 無事見つかったアメリアを含めてサイモス達が残って待っていた皆と合流する。

 ライラと同じような反応をしてアメリアに泣きついてくるソフィを落ち着かせると、アメリアの背後から肩を叩く人物がいた。


「ヴィルマー」

「ご無事でよかったです。驚きましたよ、突然いなくなられたというので」

「ごめんなさい。足が滑って……みんな気を付けたほうがいいわ」


 心配して声をかけてくれたはずのヴィルマーに、何故かアメリアはすっきりしない感触を覚える。何の背景も無い自分達に助力を申し出てくれた人なのに、なぜ不信感にも似た壁を感じるのか、アメリア自身にもわからなかった。


(きっと、ブーランジェのおじ様が変なことをおっしゃったからだわ)


 そう考えて、自分の胸にきざしたモヤモヤにはあえて向き合わずに先を急いだのだった。


◇◆◇


 レイモンがヴァードの民に囲まれて気を失ってから、数日が経っていた。レイモンはゆるゆると目を開けた。

 意識がはっきりしてから体を起こす。自分自身を確認するが怪我らしい怪我もなく、着衣の乱れも持ち物が盗られた様子もなくホッと一息ついた。


 だが周囲を見回して再び愕然とする。ヴァードの民どころか人の気配をどこにも感じない。よく干からびなかったものだと感心するほど、見渡す限り岩場だらけの荒野だった。


「ここは……どこだ」


 思わず漏れ出た独り言が他人の声のように聞こえる。だが自分以外には誰も無い。人間どころか鳥も獣の影すら見えなかった。

 メラルド国内にこんな荒れ地があったのか、と驚く。そしてどうやって生きて王都へ戻ればいいのかも分からない。

 それに何の成果も無く王都へ戻ったところで、ユーグレスがどんな顔をするかと思うと戻るのも億劫に感じた。


 唐突に空虚感に襲われ、レイモンは砂地の上に体を投げ出した。


 おそらく自分をここへ運び、置いていったのはヴァードの民、あのキングという頭目だろう、ということは分かる。

 もし自分がキングなら、そんな面倒なことはしない。殺してどこかの崖の上から突き落とすだろう。それをしないあたり、やはり彼らはメラルドの一部の民が想像するような蛮族ではなく、品位も規律もある民族だということがわかる。

 だが。


(馬鹿な連中だ。怪我の手当てまでして手持ちの金も奪わずに。俺が運よく助かったときに復讐されることは考えなかったのか?)


 レイモンの思考では、お人よしや人格者はただの間抜けだった。何が人として正しいかを考えていいのは自分の身と生活と財産の保全が完全に守られている、一部の限られた人間だけの特権だと思っている。それ以外の人間が他人に、あまつさえ自分達に害意を持っている人間を助けるなど、馬鹿の極みにしか見えなかった。


(だが、こんな北も南も分からないような場所に放置することは、もしかしたら殺すより残酷なやり方かもしれないな)


 事実、レイモンはここから生きて戻れる算段が付けられずにいる。本当に岩と砂と枯れ木しか見当たらない荒野だから獣や敵に襲われる危険はなさそうだが、それ以前に飢えて乾いて死ぬ可能性も十分にある。


 もしここから生きて戻れたら、自分は何をしようか、と考えて空を見上げれば、太陽と入れ替わって昇って来たらしい満月が見えた。その青白い光が、アメリアの銀髪と重なって見える。


 レイモンはユーグレスやストロフカのような狂信者ではない。というより、国も伝説もどうでもいいと思っている。もしアメリアが本当に呪いの王女で国を亡ぼすというなら、それもまた面白いとすら考えていた。


(殿下と王女、どっちが俺を楽しませてくれるのか)


 今まではアメリアの側につくことなど考えたことも無かった。だが今彼女の側にはサイモスがいる。そして自分をまいたキングと、宰相位に最も近かったブーランジェ公爵もいる。アメリアのほうにがあった。


 レイモンの口元がにやりと歪んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る