九
突如襲って来た揺れは、木々の幹が軋む音、葉擦れ、地鳴りなどを伴って二人が腰を下ろす地面を揺さぶった。
(あの時と同じ……)
アメリアは以前ライラと一緒に体験した山鳴りを思い出す。そしてパラパラと降ってくる礫に気づいていシンを振り向く。
「ここから出なきゃ!」
「どうして?」
「どうして、って……、だって危ないわ、上から何か落ちてきたら」
「外に出ても同じだよ、きっと」
焦るアメリアを不思議そうに見上げるシンは、この状況にあっても笑顔を崩さない。その様子にアメリアは不審感を高める。
「でも……」
尚も外へ出ようとするアメリアの手を、シンは強く引っ張って抱きしめた。
「それよりここにいて」
「え?」
「どこにもいかないで……。アメリアのことは僕が守る、大丈夫だから、お願い、出て行かないで」
「そんなことより安全な場所へ」
尚も抵抗するアメリアをシンは更に強い力で拘束すると、今だ揺れ続ける地面に押し倒した。
驚いたアメリアは声も出ない。そしてあの山での一件を思い出す。
「ねえアメリア、どうしたら僕を信じてくれる? ずっとここにいてくれる? 僕はどんなことだって出来るんだ。僕に出来ること、君のために全部やってあげるよ。だから……」
上からのしかかられシンの銀色の髪がさらさらと落ちかかってくる。シンとあの山賊たちは同じではない、と自分に言い聞かせようとしたが、刻み込まれた恐怖には打ち勝てなかった。
再びシンの唇がアメリアに重なろうとしたとき、アメリアの口から絶叫が溢れた。
「ステラーー!!」
アメリアが叫んだと同時に再び森が揺れた。それは最初よりはるかに大きく、ドスン! と耳をつんざくような衝撃音がした、と思ったときには、アメリアは宙に放り出されていた。
手も足も体のどこも何にも接していない状態にアメリアの思考が停止する。シンが自分の名を呼ぶ悲鳴のような声を遠くに感じながら、恐怖と驚きと安堵で、アメリアはそのまま気を失った。
◇◆◇
突如襲った森の大揺れは、当然ながらサイモス達一行も慌てさせた。
「うおっ?! な、なんだこれ?!」
「ライラ、こっちへ来い! 動くな!」
驚いて跳ね上がるライラの手を引いてサイモスが彼女を抱きしめ、降りかかる落下物から守る。ずっと憧れていたサイモスに密着しライラの鼓動は一気に跳ね上がるが、この揺れ方には身に覚えがあった。そして敏いライラはすぐに思い出す。
「あ!」
「どうした?」
「アメリアだ!」
突然のライラの叫びにサモスは驚いて周囲を見回す。しかし当然どこにも娘の姿はない。
「ど、どこだ? いないぞ?!」
「違う、この揺れてるの、きっとアメリアだ」
サイモスの腕の中で、ライラはそう確信していた。そしてハッと気づいた。
(もしかして……あいつ、何かあったのか?!)
◇◆◇
西方面の探索を命じられたステラとニコルにも、山の揺れが襲った。日が差さないため地面は全てぬかるんでいる。揺れたことで一気に安定感を失った二人は、咄嗟に手近な木や岩に掴まった。
「ステラ、大丈夫か?!」
「ああ、こっちは平気だ。ニコルも気をつけろ!」
頷き合ってからステラは辺りを見渡す。と言っても暗闇だからそう遠くまで見通せるわけではない。視界の中では揺れ続ける樹木と蔦や枝、細かい葉や礫が雨のように降り落ちてくる。
次第に揺れが収まって来たことで、緊張を解きつつニコルがいる方へ移動しようとしたとき、ステラの耳にアメリアの声が聞こえた気がして咄嗟に振り返る。
「っ、今、姫様が……」
「どうした? お嬢ちゃん?」
『ステラーーっ!!』
必死の悲鳴のようなアメリアの声が確かに聞こえた気がした。耳ではなく、頭の中に、心の奥に直接響いた気がした。
「姫様、姫……、アメリアー!」
ステラが大声で呼び返したのと同時に、最初の揺れを上回る激しさで森が震えた。
「ステラ、気をつけろ!」
叫びながら手を伸ばしてくるニコルのほうへ振り返ろうとした瞬間、ステラの頭上で大きく何かが輝いた。
まるで太陽が新しく生れ落ちて来たかのような眩しさにステラは目が開けられない。瞼の向こう側で光が弱まって来たことを感じた時、どさり、と何かが落ちた音がした。
「……っ、アメリア!」
そこには気を失ったアメリアが倒れていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます