「アメリア、アメリアー!」


 あっという間に転落していった娘の名を、サイモスは人目も憚らず絶叫する。だが後を追って飛び降りようとするニコルを全力で引き留める。


「やめろ! 君までどうなるか分からないぞ!」

「で、でも! お嬢ちゃんが!」


 騒ぎはあっという間に皆に知れ渡る。誰よりも早く駆け付けたのはステラだった。


「陛下! 姫様に何か?!」

「足を滑らせてこの下へ落ちてしまった……。本当にあっという間で、ニコルが手を伸ばしたが届かなかった」


 咄嗟にステラはニコルに掴みかかるが、サイモスとルトがステラを止めた。


「お兄ちゃんは悪くないよ! 今も飛び降りようとしたんだから!」

「アメリアの不注意だ。ニコルが責められるならそれより私が責められるべきだ」


 二人がかりで、しかもサイモスから詫びられてはステラも矛を収めざるを得ない。小さな声でニコルに謝って手を離すが、しかしアメリアが転落した事実は変わらない。


 遅れてカルロス、クラウス、ライラが駆け付けた。


「アメリアが落ちたのか?! 大丈夫かよ!?」

「真っ暗過ぎて下がどうなっているかまるで分らないな。姫様の髪色なら目立ちそうなものだが……何も見えんな」


 半身を乗り出して覗き込むカルロスの言葉に、誰もが絶望を深くした。


「とにかくここで固まっていても仕方がない。少しでも安全を確保できる場所へ移動して、姫様の捜索隊を結成しよう。ステラ」

「はい」

「まずお前は落ち着け。今大事なのは姫様のご無事だ。お前が暴れたら周りはお前に配慮せざるを得なくなる。それほど無駄なことはないぞ」

「……はい、申し訳ありません」


 父に叱られて恥ずかしく俯きつつも、アメリアのことを考えて動揺が収まらない自分に、ステラは二重に苦しかった。

 

 必死に自分を持ちこたえようとしているステラを、ただ見ているしか出来ない立場がニコルは苦しかった。


◇◆◇


「やっちゃった~……」


 アメリアは止まることなく転落し続け、そしてやっと一番の底らしい場所にたどり着いた。全身を強く打つか、と覚悟したが、長年降り積もったらしい枯れ葉がクッション代わりになって、服が汚れるくらいで済んだのは幸いだった。


「私は自分で自分の怪我は治せないもんね。よかった。でも」


 アメリアは自分が落ちて来たらしい上方を見上げる。しかし皆の姿どころか光の一筋すら見えない。自分が見上げている方向が正しいのかすら分からなかった。


「勝手な行動をするな、って言われた途端にこれだもん、ニコルに揶揄われても仕方ないよね」


 不注意な自分に自分で呆れる。そしてきっと皆心配しているだろう、自分のせいで行程が遅くなるだろう、そうすればキング達との合流にも不都合が生じるかもしれない、と考えるとどんどん落ち込んでいきそうだった。


 アメリアは、えい! と声をかけて頭をぶんぶん振る。


「落ち込んでもしょうがないわ。これからのことを考えなきゃね」


 そして少しずつ暗闇に慣れ始めた目を凝らして、周囲を観察する。

 上の道同様に、高く伸びた樹木がびっしりと葉を茂らせている。アメリアの小指ほどの生き物がたまに足元をすり抜けるくらいで、他の気配はほとんどない。風すら通ってこないようだった。


 すり足で進むと地面は平らだった。近くの木に手を当てながら歩く。ふと、父サイモスから聞いた森に纏わる言い伝えを思い出して一人で笑った。


「もしかしたらその神様も、こうやって少年を探したのかな」


 風すら吹かない森では、アメリアの声は呟き程度でも響く。自分の声が跳ね返って聞こえてくるのを興味深く聞きながら歩き続けていたら、不意に後ろから声をかけられた。


「君、誰?」


 驚いて振り向くアメリアの前に、一人の男が立っていた。


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