約二日ほど移動を続け、ノーコアの森の手前にやって来た。一日中日が差さないという情報通り、空は快晴に近いほど晴れているのに、森に近づくほどに暗闇が迫ってくるようだった。


 先頭を進むカルロスが、暗さもさることながら森の大きさに息を飲む。


「でかいな……。これは抜けるまで大分時間がかかりそうだな、クロフォード」

「だろうな。こういう時は意思の統一が一番重要だ。何かあっても個人が勝手な判断をしないことをもう一度再確認しよう」


 そう言うと、後ろの集団にそれを告げ、伝言ゲームの要領で、ただし一言一句間違わず最後尾のステラ達へ伝えるよう頼んだ。ステラかオリビエのどちらかが、その結果をもってまた先頭へやってくる。そこで答え合わせをすることで情報が正しく伝わったかの確認が取れる寸法だった。


 一行の中程には、サイモス、アメリア、ニコル、そして身重のコレットとルトが固まっていた。

 ルトは何かを感じ取ったのか、アメリアの手をぎゅっと握った。


「……どうしたの?」

「何も声が聞こえない。あの森、生き物がほとんどいないんだ」


 アメリアはルトの能力に驚きつつ、先日クラウスから聞いた情報の通りだと再認識した。恐ろしい獣がいないことは安心材料だが、翻せばそうした獣すら生活出来ない場だ、ということになる。

 

 その時前方の集団から、『後ろに伝えてほしい』と伝言が回って来た。サイモスが受け、そのまま後ろへ伝える。『何があっても個人が勝手な判断や行動をとらないように』という指示を、アメリアはルトに言い含める。その横でニコルがくすりと笑った。


「……何?」

「いや。俺から見れば、ルト坊よりお嬢ちゃんのほうが危なっかしいけどな」


 心当たりがないとも言えないアメリアは、黙ってぷっと膨れた。


 そして一行は、ノーコアの森へ入っていった。


◇◆◇


 夏の盛りは過ぎようとしていたが、それでもまだ空に太陽が見える時間帯のはずなのに森の中は暗闇そのものだった。自然と互いに手をつなぎ、障害物や足元に気をつけながら進む。


 少し離れたところから、暗闇をぼやくライラの声と、それを諫めるサマルやソフィの声が聞こえてきて、一同は皆で笑った。


「この森の言い伝えを知っているか?」


 隣にいるサイモスが、アメリア達に話しかけた。アメリアが代表して首を振る。


「いいえ。何か物語があるのでしょうか」

「ああ。昔この森には、とある美しい少年が一人で住んでいた。その美しさに魅入られた神が、少年を他の者に取られまいとして森ごと暗闇にして閉じ込めてしまった、という話だ」

「確かに……こんなに大きくて真っ暗なら、誰も入って行こうとしなかったでしょうね」

「そうだな。だがその神は嫉妬深い性格だったのだろう。用心に用心を重ねて闇を深くし過ぎてしまい、神自身も少年に会えなくなった、というオチだ」

「なんか、哀れなような笑ってしまうような、何とも言えない結末ですね」


 ニコルが呆れ半分な顔つきで感想を口にする。サイモスも同じことを感じているようで、そうだろう、と言って笑った。

 ニコルがにやりと笑ってアメリアを見た。


「きっとお嬢ちゃんみたいにそそっかしい神様なんだろうな」

「ちょっ……、ニコル、さっきからあなたね」


 ニコルがアメリアやステラに軽口をたたくことは少なくない。その分アメリアもニコルに対してかなり気安くなっていた。そのせいもあってつい反論しようとして大きく一歩を踏み出した時、足元がずるりと滑った感覚があった。


「危ないっ!」


 ニコルが咄嗟に手を伸ばしたが、それより早くアメリアは真っ暗な闇の中に吸い込まれるように消えてしまったのだった。

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