ステラが魔物との戦いに思いを巡らせている横で、紳士はオリビエを並んで歩きながら話を続けていた。


「魔物と言えば、メラルドはそもそも英雄が魔物を斃したことで神の加護を受けて興った国ですよね。もし再び魔物が現れたということは……英雄も現れた、ということでしょうか」


 ステラの耳はなぜか紳士の声だけははっきりと聞き取り続けている。そして英雄という言葉に、喜びや期待ではなく逃れられない絶望のような恐怖を感じ、声にならない悲鳴を上げそうになった。


 何も反応がなさそうに見えるステラの代わりに、オリビエが紳士に応対する。


「もしそうなら国民として有難いことですが……そちらの噂は聞きませんね」

「新しく王がおたちになったではありませんか」

「あ、ああ、ハウエル陛下ですね……」


 オリビエの声は知らず歯切れが悪い。オリビエも城に出入りしていた頃にハウエルと面識はある。だがこれがサイモスの実子かと疑いたくなるほど弱々しく覇気のない大人しい子どもに、それ以上の感慨も感想も持てなかった。そのハウエルが即位したということ自体驚きなのに、幼い新王が千年振りに現れた英雄で、魔物と戦えるとは到底想像出来なかった。


「新王はまだ幼く、大人しいご気性の方と伺っていますから……」


 直接ハウエルを知っていると言うわけにもいかず、風聞を装って答える。が紳士は面白そうな目つきでオリビエを眺めながら、なるほど、というように何度も頷いた。


「では尚更惜しいことでしたね。新王には姉姫がいたというではありませんか。残念ながらお亡くなりになったそうですが……。その方がもし生きておいでなら、と、国民なら考えるかもしれませんね」


 オリビエは今度は目に見えてぎくりと身を震わせる。まるでアメリアが実は生きているかもしれない、と匂わせるような話しぶりに警戒心は最大値まで上昇した。


「……死んだ王女は王家を滅ぼす呪いを身に受けていました。むしろ死んでせいせいしている民も多いのではないでしょうか」


 無論、オリビエはただの一度もそんなことを思ったことはない。だが今ここで紳士だけでなくメラルドの民に、アメリアへ関心が向けられることは避けたかった。それはではないのだ、と。


 オリビエは紳士の反応を注意深く伺う。紳士は優し気な表情を悲しそうに顰めながら、それでもゆっくり頷いた。


「なるほど、確かにそれでは、逆に魔物の仲間になりそうですね……」


 オリビエは話の流れから同意せざるをえなかったが、自分の背後で次第に緊張感を増し続けているステラが気になって仕方がなかった。


(俺じゃないぞ! 俺はこの人に話を合わせてるだけだからな! な?!)


「そういうご事情なら、姉姫は死んだままでいたほうが都合が良い、ということですね」

「……え?」


 ステラに気を取られて話半分に聞いていたオリビエが、紳士の言葉に思わず問い返してしまう。


「今、なんと?」

「いえ、大したことでは……。おお、次の街が見えてきたようですね」


 言われてオリビエは前を見ると、まだかなり距離はありそうだが城壁らしき影が見えた。


「本当だ、ハイドンから、意外と近かったですね」

「それでは私はここで。急に同行させていただき、退屈せずに済みました。感謝いたしますよ」


 紳士は最初と同じく品の良い笑みを浮かべ、オリビエ、アルヴァ、そしてステラに挨拶をする。


「もし本当にコランダムへ向かわれるなら、どうぞお気を付けて。ご武運お祈りしております」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 答えるオリビエではなく、紳士はステラに近づいてすれ違いざまにその肩をポンと叩いた。

 だがステラは一言も返すことはなかった。




 一行から離れて、紳士、ではなく黒装束の男はモノクルと手袋を外し、本来の彼らしくにやりと笑った。


(あっちよりこっちのほうが面白いかもしれねえな)

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