第十三章 シン

 ハイドンの街を出て、一行は真っすぐ北へ向かう。


「皆さんは北方へ行かれるのですか?」


 件の紳士―黒装束の男―は前方を見つめながらステラに問いかける。ステラは黙って頷いた。


「そうです」

「見たところヴァードのお方が多いですね。ということはコランダムへ?」


 すぐに状況を把握しそこから自分たちの目指す地まで言い当てる紳士の洞察力にステラは微かに警戒する。だが相変わらず上品な笑みを浮かべ、モノクル越しに見える灰色の瞳にそうした疑いを向けるのは申し訳なく感じてしまい、その問いにも頷いた。


「そうです」

「……それは大変ですね」

「大変、とは?」

「今、かの地には強大な魔物が現れたと、もっぱらの噂ですから」


 ステラは先日のオリビエを話を思い出す。咄嗟にオリビエに視線を送ると彼も二人の会話に反応したようだった。二人の会話に入ってくる。


「私も以前近くでその話を聞きました。事実なのでしょうか」


 オリビエも先日はステラに魔物の存在を断言するような言い方をしていたが、それでも本当は半信半疑のようだった。


 オリビエに問われ、紳士は微かに首をかしげる。


「さあ、魔物、などと言われても普通なら信じないでしょうね。ただこの国には異能力者もおりますから、不思議な存在を頭から否定することも出来ませんし」


 ステラの眉がぴくりと動く。異能力者、つまりアメリアを魔物と同列に扱われたように感じ、反射的に反感を抱いた。

 ステラの変化にいち早く気づいたオリビエはステラを抑えるように紳士との間に割って入る。


「異能力者は色んな能力があるといいますし、そもそも魔物と同じでは……」

「ああ、それはもちろん。そういうつもりではありません、人の常識では推し量れない存在を否定できない、と言いたかっただけです」

「そう、ですよね……。ではやはり魔物もいるのでしょうね」

「私も直接見たわけではありませんから断言はできませんが。ただ現地では、その噂のせいで誰も山に入れずにいるそうです。もしコランダムへ向かうなら、いる、と想定して向かわれるのがよろしかろうと思いますよ」


 オリビエは慎重に頷き同意する。オリビエの後ろで聞いていたステラも冷静さを取り戻しながら、紳士の話について考えていた。


「まあ、想定していたところで、魔物と戦うなどとどうすればいいのか分かりませんがね」


 その紳士の意見にはステラもオリビエも、少し離れて聞いていたアルヴァも同感だった。人間ではない存在に対してどう立ち向かえばいいのか、想像もつかなかった。


「建国の英雄のように剣一つで魔物に立ち向かうなど、そう簡単にできることではありませんしね」


 なぜか紳士は目の前にいるオリビエではなく、ステラをじっと見つめながらそう続けた。ステラが建国の英雄、という言葉に反応して勢いよく顔をあげると、二人の視線がぶつかった。


「英雄……」

「ええ。人ではない存在の魔物と戦うなら、伝説の英雄が相応しいでしょう? ……なんて、私の勝手な想像ですがね。英雄なんて、魔物と同じくらい、いるはずがない存在でしょうから」


 それもそうですね、と請け負うオリビエの背に隠れているステラは、無意識に前方にいるはずのアメリアに視線を投げる。


 千年前に本当に魔物と戦ったヘリオスと同じ容姿を受け継いだ、その子孫でもあるアメリア。

 今の紳士の言葉を当てはめると、もし誰も近づくことが出来ないほどの魔物がいるとすれば、それと戦うべきはアメリア、ということになる。


 そしてアメリアは、その運命から逃れることはないだろう。王としての自覚を育てつつあり、自分の呪いへの疑いを払しょくしたいと願っているアメリアなら。


(姫様が魔物と戦う……)


 その想像は、ステラにとっては確実な未来に思えてしまい、恐怖でその場で固まってしまった。

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