二十四
「お、お待ちください侯爵様、ただいま摂政殿下は陛下とご謁見の最中でして……」
「ええい、終わるまで待っておられぬわ! そこを退け!」
王宮の中央広間へ続く回廊を、杖を振り回し怒鳴りながら突き進む老人がいた。マックスウェル・フォン・サドベリー。前王妃の実父で現国王の外祖父に当たる老侯爵は当年とって七十を迎えたが、尊大な態度は衰えるどころか年を経るごとにいや増していくようだった。
今も朝早くから馬車を走らせ王宮へ乗り込んできた。いつも通りユーグレスに取り次ぐまで待ってもらおうとした侍従を突き飛ばすようにずんずんと奥へ進んでいく。
近くにいた近侍や小姓も手伝って侯爵を押しとどめようとするが、何故か怒り狂っていて聞く耳を持たない。かといって身分上、力づくで止めることも出来ずにいるうちに、とうとう謁見が行われている大広間に到着してしまった。
サドベリー侯爵は力任せに扉を押し開ける。バアン! と大きな音が響き渡り、広間の内外のいる者皆が老侯爵を驚いた眼で見つめていた。
だが侯爵は周囲など一切お構いなしで、中央の玉座と、その横に座っているユーグレスめがけて大股で歩み寄って来た。
「どういうことだっ! 話が違うではないか! ハウエルの正妃は我が孫娘に決めたという約束はどうしたっ!」
正妃、と聞いてハウエルは目を見開く。祖父が顔を真っ赤にして怒り狂う姿を見るのはこれが初めてではない。だから恐ろしくはあるが珍しくはなかった。だが自分の后の話だと言われて驚いてしまった。今まで一度も触れられてこなかったし、ハウエル自身は考えたことも無かった。
だが祖父の血走った眼は、ハウエルではなく叔父のユーグレスを捉えていた。
「これは侯爵、ご機嫌麗しく」
「う、麗しいわけがあるかっ! 何を暢気な! 聞いたぞ、貴様儂に隠れて」
「侯爵、お静かに。今は陛下が公式謁見を受けておられる。そういう私的なお話は後ほど」
ハウエルだけでなく謁見者も縮み上がるような老侯爵の怒声を眉一つ動かさずいなしたユーグレスは、ハウエルの侍従長ローレンツに目で合図を送る。ローレンツは心得た様子で警備兵に指示し、半ば強引に侯爵を応接間へ下がらせたのだった。
「叔父上、今のお祖父様のお話は……」
「陛下、お騒がせしました。どうぞ謁見をお続けください」
ユーグレスはハウエルの質問に答えることなく、自分だけ立ちあがって広間から出て行ってしまったのだった。
◇◆◇
一旦応接間へ押し込まれた侯爵は、ユーグレスに呼ばれて彼の執務室へ移動した。ユーグレスの指示で人払いした室内では、まだ怒りの収まらない侯爵が鼻息荒くユーグレスを睨みつけながら、懐から出した書状を投げつけた。
「なんだこれはっ?! クルタ公国の王女がハウエルの正妃に内定したと密偵が知らせて来たぞ!」
ユーグレスは物を投げつけられたことへの不快感で顔を顰めたが、侯爵の言葉には少しも動じなかった。
「内定などと。ただかの国より、陛下へ縁談があったのですよ」
「そんなものは門前払いすればよかろう!」
「さて、それは国益を考えれば中々難しい……。クルタ公国とは隣国で、今まで安定した関係を保ってきましたからね。ここで大公のご機嫌を損ねるのは得策とは言えません」
「では我が孫娘はどうなる!」
「無論、イザベラも大切な姫君ですよ」
「ではイザベラが正妃ということだな、それでいいんだなっ?!」
「はて、そこはハウエル様がお決めになることではないかと……。イザベラはまだ十歳です。クルタのマルガリータ姫は十六、すぐにでもお輿入れ出来るお年です」
「十でも問題なかろう! ハウエルとは従兄妹同士、すぐにでも仲良くなろうて」
「ですから、ハウエル陛下がお選びいただくのが一番かと。畏れ多くも陛下ご自身の決定なら、大公も納得せざるをえないでしょう」
「うむむ……」
まだ何か言いたげな表情で唸りながら黙り込む侯爵を内心鬱陶しく思いつつ、ユーグレスの腹は決まっていた。
(クルタと手を組める好機なら良し、この爺も最近増長しすぎていたから丁度いい)
ハウエルに決めさせる、と言いつつ、ユーグレスはハウエルを意のままにすることなど造作もないと分かっているからこそした提案だった。
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