二十三
レイモンが異変に気付いたのは、居留地から出たキング達がバルトロイの街に立ち寄らず更に東方へ進路を取り始めたあたりだった。
レイモンはキング達がどこを目指しているのかを知らない。キング、というよりもヴァードの民に興味を持つどころか理由もなく忌み嫌っていたので、冬に向けて彼らがどんな行動を取るのかすら知らなかった。だからただひたすら一行の後を追い続けてきた。
レイモンが違和感を感じたのは、キング達に対してではなかった。
最初の居留地を出発したばかりの頃は、街道ですれ違うメラルド人たちの冷たい視線を気にしてフードや帽子を目深に被る者が多かったのが、少しずつそれが減っていき、子どもたちには笑顔が現れ始めた。
子どもが旅行気分ではしゃいでいるだけかと思っていたが、その理由が『メラルド人とすれ違わない』ことにレイモンが気づいたときには、既に周囲は褐色の肌と黒い瞳のヴァードの民で埋め尽くされていた。
(しまったっ……)
そう思ったのと同時に、アイザックの大きな手がレイモンの目と口を塞いでいた。
◇◆◇
朝一番に城門を出るために出立の準備を終えた一行は、先頭にカルロスとクロフォード、中程にサイモス、アメリア、クラウス、
街に来てすぐ盗賊たちから街を守ったステラとアルヴァは住人達から深く感謝されていたため、別れを惜しむ人たちがあちこちから現れて、気が付けば賑やかな行列になっていた。
人の群れがとある宿屋の前を通過する。ガヤガヤとした人の声に、一人の男が窓の外を見た。
そしてその最後尾にステラの姿を見出し、男はにやりと笑った。
(あの時の坊主じゃねえか。やっぱりまだいたのか。戻ってきて正解だったな)
街の娘達に群がられるのを、遠慮がちに、しかし迷惑げに捌きながら歩きづらそうに前へ進む。そのせいで先頭とかなり距離が出来てしまっているようだが、ステラを引き留めたいのか娘たちは
男はグラスに残った酒を一気にあおる。そして懐から金貨をわし掴むと乱暴にテーブルの上に置いて、部屋を出た。
◇◆◇
「寂しくなりますわ、ずっとここにいてくださればいいのに」
「またこの間のような連中が来たらと思うと、やっぱり怖くて……」
「せめて冬を越すくらいまでいらっしゃれば?」
ステラは一々相手をするのも面倒で、さりとてカルロス達に接するように乱暴な対応をするわけにもいかず途方に暮れていた。
隣にいたはずのオリビエは別の一団に捕まるし、アルヴァもステラとさほど変わらない状況だった。だが自分ほど困っているように見えないのは気のせいだろうか、と思うと苛立たしさが増していく。
「また来てくださいな、ね、お約束」
ステラが自分の腕に絡みつく娘から逃れようと顔を顰めた時、二人の間に真新しい手袋をはめた腕がすっと伸びてきた。
「彼が困っていますよ、お嬢さん方。そんなことをしたらもう来てくれなくなりますよ?」
突然現れた紳士に、娘達だけでなくステラも驚く。娘たちは紳士の言葉にハッとしたように、口々に詫びを言ってステラから一歩離れた。ステラは解放されたことに気づいて安堵し、紳士に礼を言う。
「どなたか存じませんが、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。お困りのようでしたから」
そう言ってにこりと笑う様子は父公爵と同じ年の頃か、雰囲気も似ているように感じたのでどこかの領主か貴族だろうと見当をつけ、それに相応しい態度に切り替える。
「お気遣いいただいて。見ての通り出立するところですので十分なお礼も出来ませんが」
「私はお声をかけただけですから、お礼などと……。でも、そうですね。もしよろしければ途中までご一緒してもよろしいでしょうか。ここで私がすぐ離れれば、彼女たちがまた戻ってくるでしょうし」
紳士がチラリと目線を投げた方向には、もう一度ステラに近づこうと今か今かと構えている娘達の姿が見える。ステラは紳士の提案を受け入れた。
「もちろんです。では、ご一緒に」
ステラの返答に再び礼儀正しく頭を下げた紳士の正体は、例の黒装束だった。
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