二十二

 必要な物資の補給が完了し、新しく加わったメンバーも含めて、アメリア達は翌朝ハイデンの街を出発することになった。

 また移動し続ける日々が始まる。体力温存のためとしてクラウスが早めの就寝を呼び掛けた。

 

 その中で、野営地から抜け出す人影が二つあった。


 一人はオリビエだった。長くはないがしばらく身を置いていた街から離れるのだからと、馴染みになった店や人に挨拶に行こうと思ったためだった。

 だが、自分と同じく人目を忍んで外へ出ていく影が見えた。オリビエは反射的に後を追った。


 もう一人抜け出した人物はヴィルマーだった。


(クルタの公子じゃないか。どこへ行くんだ……?)


 昼の決闘の立会人を引き受けたオリビエは、ヴィルマーに対し少なからず責任も感じていた。カルロス達も交えて歓談し、身分とは関係なく良い人柄だと感じていた。だがなぜその彼がこそこそと外へ出ていくのか、と考えると、良くない想像が湧き上がるのを無視できなかった。


◇◆◇


 ヴィルマーは人気ひとけの減った街路を進む。離れてオリビエにつけられていることはまるで気づいていなかった。

 しばらく歩いて目的の場所に到着した。それはアメリアを呼びだしたクルタの領事館だった。

 表門は閉められている時間だったので裏へ回る。ヴィルマーが名乗ると内側から領事館に使えるマックスが扉を開けてくれたので中へ入った。


「もう夜ですよ。遅くなるならそうおっしゃってからお出掛けになってください」


 マックスの、まるで小さな子供を諭すような口調に閉口しつつ、ヴィルマーは心配をかけたことを謝罪した。


「ごめん。でもこれは父上からのご命令にも関係する大事な用事だから、大目に見てほしいな」

「……大公様のご命令ならば、私が口を出すことではございませんが」


 そう言いつつまだぶつぶつ続けている彼に、ヴィルマーは紙とペンを用意してもらい、父大公への手紙をしたためた。書き終わると自分専用の紋章を模した封蝋を押し、マックスに託す。


「必ず国元の父上へ。そして僕はこの街を出る」

「……お国へお戻りに?」

「違うよ」

「では、どこへ」

「それは話せない。でも行き先や理由、こうなった全てをその手紙に記した。父上ならお分かりくださる」


 そう言うと、じゃあ、とだけ言い置いて外へ出て行った。マックスが引き留める間もなかったし、引き留めたところで言うことを聞く公子ではないことはよくわかっていたので早々に諦めたのだった。


◇◆◇


 入った時と同じく裏口から出てきたヴィルマーに、オリビエは声をかけた。


「何して来たんですが、公子様」


 闇の中からいきなり名を呼ばれ、ヴィルマーは文字通り飛び上がるほど驚いた。一応身分を隠しているはずだったのに、公子、と呼ばれたことも警戒心を高めさせたが、物陰から出てきたオリビエを見てホッと安堵の息をつく。


「オリビエさんですか。驚かさないでください……」

「驚いているのは俺も同じだ。こそこそと何をしていたんだ。理由によっては姫様の許へ戻すわけには行かなくなるぞ」


 昼間の飄々とした二枚目ぶりを脱ぎ捨てて、目つきも纏う空気もどんどん鋭くなっていくのを感じる。幸い帯剣はしていないようだが、剣が無くても倒されそうだった。


 ヴィルマーは両手を上げて『降参』の仕草をした。


「待ってください。僕はあなた方や、特に殿下に害意を為すつもりはありません。明日の朝にはハイデンを出るのでしょう? 父にそれを伝えるための手紙を託しに来ただけです」

「ならばどうして隠れるように?」

「そんなつもりはありませんでしたが」

「夜陰に紛れて抜け出せば、それだけで怪しまれるぞ」

「皆さんとお話して楽しくて、つい忘れてしまっていたんです」

「……本当か?」

「本当です。信じてください」


 オリビエは暗い街路でヴィルマーをじっと見つめた。言葉だけで信用するのは難しい。だが自分がここで彼を取り除けるような真似をすることも出来ないと分かっていた。

 オリビエは無意識に纏っていた警戒心を解き、力を抜いて頷いた。


「……畏れ多くも姫様がお決めになったことだ。俺はこれ以上口出しできない」

「分かってくれたんですね。ありがとうございます。で……あなたはどうしてここに?」


 当然の切替しにオリビエは一瞬言葉が詰まる。しかし隠すほうが疑われると思い、馴染みの女のところへ行く途中だった、と白状すると、ヴィルマーは愉快げに大笑いした。

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