五
「戻るつもりはない、って……お父様はそうおっしゃったの?」
クロフォードの話を聞き終えて、アメリアは呆然とした。
父王が生きていた。
生きていたなら、また王に戻ればこの国の問題は全て解決する。
その状況を想像したアメリアの心からの安堵は、一瞬で崩れ去った。
歓喜の涙の後で蒼白になるアメリアを、クロフォードは数日前の自分を見ているようで辛かった。そしてアメリアと同様に、クラウスも絶句していた。
クロフォードは懐から一通の手紙を差し出した。
「陛下にはお考えがあるようです。どうぞ」
「……これは」
アメリアは受け取りながら首を傾げた。
「陛下から王女殿下へのお手紙をお預かりしました」
◇◆◇
『アメリアへ
まずは心配を、心労を、苦労を掛けたことを謝りたい。
私もお前が生きていてくれたと聞いて、心からの感謝を天に捧げた。
本当に、よく無事でいてくれた。
そして城から脱出してからのことも聞いた。ただ逃げるだけではなく、様々な街で民のために働いてくれたこと、私からも礼を言いたい。
この手紙をクロフォードから受け取って読んでいる頃には、彼から一通りの話を聞いていると思う。
私は王都へ戻るつもりはない。
無論、逃げるつもりはない。だがお前ならわかると思うが、私が今の状態で城へ戻っても、何も解決しない。ユーグレスの暴走を止めない限りはまたいつか同じことをするだろう。
私が命を落とすのは構わない。一度は失ったと思ったものだ、この先何があろうと後悔も恐怖もない。
だがユーグレスが次に狙うのはアメリア、お前だ。お前だけは失うわけにはいかない。
そしてお前はこのまま市井で生きていくことも難しいだろう。たとえお前がそれを望んだとしてもだ。
ユーグレスの考えを正し、お前が王位へ就き、ハウエルはその補佐になる。それがこれからのメラルドにとって必要だ。
アメリア、王になるのだ。
私からの最後の願いだ』
◇◆◇
短い手紙を読み終えて、アメリアは力が抜けたように椅子に身を預けた。
立った数分前に父王の生存を聞いて心が躍り上がったのが、遠い昔に感じるほど今は意気消沈してしまった。
自分が王にならなければこの国は救われないと、確かにアメリア自身も考えていた。だから心を奮い立たせ、トーリアの問題に取り組んだ。
だがそれは、父王がすでに亡いと思っていたからだった。
(お父様がいるなら……私なんかよりお父様のほうがずっと王にふさわしい。それは誰もがそう思ってる。叔父様だってお父様が戻れば昔のように好き勝手することは無くなるのではないかしら)
そしてもう一つ、手紙の末尾の『最後の願い』という言葉がアメリアの心を冷たくした。
生きているのに、クロフォードが数日で帰ってこられるほど近くにいるのに、自分とは会うつもりはない、ということなのだろうか、と。
アメリアは手紙を両手で握りしめて、クロフォードに目を向けた。
「お願いがあるの。私をお父様のところへ連れていって」
クロフォードは予想していた通りのアメリアの反応に、苦し気な溜息をついた。
「そうおっしゃると思っておりました」
「お元気なのでしょう? お父様は」
「はい。左腕を失っていらっしゃる以外はお元気です。人目につくわけにいかないため森の中の小屋にお住まいですが、お健やかそのものでした」
「じゃあ、行きます」
アメリアは手紙をクラウスに差し出しながらはっきりと宣言した。
「お父様のおっしゃること、わからなくはないわ。だけどこんな手紙だけで納得できない。お父様の口から直接お話を伺いたいの」
急いで手紙を読み終えたクラウスは、アメリアに同意した。
「クロフォード、すまないが我々を陛下の御許へ案内して欲しい。陛下のお言葉通りにするためにも、今は陛下とアメリア様がお会いする必要がある」
ステラは座ったままアメリアの表情を見上げる。
つい今しがた泣き崩れていたとは思えないほど、毅然とした横顔につい見惚れた。
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