クロフォードはサイモスとの会話を再生するように話し始めた。


◇◆◇


「君もあの場にいたから知っていると思うが、私たちの幕営は突然襲われた。私も油断していたのかもしれない。反応が遅れたせいでテナルドを失うことになってしまった……」


 クロフォードはサイモスの心の痛みを慮る。自分のそれよりサイモスの悲しみは計り知れないだろう。


「外へ出て状況を確認しようとしたとき、後ろから再び襲われた。そこで左腕を失った」

「……後ろから、でございますか」

「ああ。明らかに内通者がいた。気づかなかった私の落ち度だ……。それからは君も知っての通りの混乱だった。私は何とか皆を取りまとめようとしたが、討手の数が多すぎて相対しているうちに崖に追い詰められ、そこから転落したんだ」

「それで、川へ……」


 腕を切り落とされても尚敵と立ち向かうことへの勇敢さもさることながら、崖から転落し川へ落ちたことも運が良かったと思わざるを得ない。更に流された先で故知に拾われるとは。


「恐れながら、よくぞお命あってくださったと……」

「我ながら悪運は強いとみえる」


 サイモスが快活に笑う。その姿は宮廷で戦場で、何度も目にした姿だった。


「陛下がご存命と分かれば、皆どれほど喜ぶか……」


 思わず零れた呟きにその場の全員が振り向く。そしてキングは強く同意するように何度も頷いた。


「そうでしょう。メラルドにとって彼はこの上ない支えだったはず」

「はい! 早速」

「待ってくれ、クロフォード」


 キングに請け負ってもらったことで喜び勇んで立ち上がったクロフォードを、当のサイモスが止めた。


「私は戻るつもりはない」

「……今、なんと」

「申し訳ない。決して民を、国を見捨てるということではない。だが今戻ったところで国が混乱するだけだ。私は……今のままでいい」


 クロフォードは目の前が真っ暗になった。

 今自分がここにいるのも、もとはと言えばサイモスが生きているかも、と言う噂の真偽を確かめるためだった。十中八九あり得ないと思っていた。雲をつかむような調査の中、まさか本当に会えると思わなかったから、その喜びは言葉では言い尽くせない。

 だからこそ、戻るつもりはない、というサイモスの言葉がショックだった。

 見捨てるつもりはないと言われても、捨てられた子供のように途方に暮れた。


 言葉もなく呆然と立ち尽くすクロフォードの肩を、アルヴァが優しくたたいた。


「まずはサイモスの話を聞こうぜ。見捨てるつもりはないって言ってるんだ。何か考えがあるんだろうぜ」


 アルヴァが肩を叩いてくれたことでやっとクロフォードは呼吸を再開出来た。チカチカする視界を瞬きで直しながら、ぎこちなく頷いて座り直す。


「……今回の件、私を嵌めようとする人物など一人しか思い浮かばない。弟のユーグレスだろう」

「……はい、おそらく」

「私を追い落とすだけでなく、アメリアまでっ……」


 心から悔し気に顔を歪ませるサイモスに、クロフォードはハッとする。国からの発表しか聞いていないだろうサイモスは事実を知らないのだった。


「陛下、そのことですが……。アメリア王女殿下は生きておられます」


 今度はサイモスが驚きと喜びで言葉を失う番だった。


「……では、森で襲われて、との話は」

「ブーランジェ公爵と教団長の策略です。埋葬された遺体は不慮の事故で亡くなった方のものだそうで、アメリア様ご自身はお元気です。今、ご同行させていただいております」


 サイモスはアメリアの無事だけでなく彼が一緒にいるとの話に、安堵のあまり眩暈がしそうだった。


 ユーグレスが自分を襲う理由は分からなくもない。だが何の罪もない、おそらくユーグレスからすれば呪いの伝説ただそれだけの理由でアメリアの命を奪ったのだろうと思っていたから、その情報が嘘だったことで、あらゆるものに感謝を捧げたかった。


「では、今そなたと一緒にいるのは、アメリアと……」

「はい、ブーランジェ公爵、公爵令嬢のステラ、フローベルグ家のカルロスとソフィ嬢、それから王女殿下がマインダートで懇意になったという学生が一人おります」

「っ、クラウスが?!」

「はい、皆、トーリアに滞在しております。私が今ここにおりますのも、陛下のご存命の可能性を探るよう指示を受けていたためです。まさかこんなに早くお会いできるとは思っておりませんでしたが」

「アメリアと、クラウスが……」


 サイモスは最初喜んでいるかのように見えた。だがその微笑みは少しずつ薄れ、代わりに開かれた両目には強い光が宿っていた。


「クロフォード、そなたはすぐアメリア達の許へ戻ってくれ。そして一つ頼みがある」


 

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