三
クラウスが戸を開けると、案内のニコルの隣に旅装のままのクロフォードが立っていた。
「おお、お帰り、クロフォード。丁度夕食に間に合ったな。今回の旅は」
「公爵、お人払いを」
礼儀正しいクロフォードらしくなく目上のクラウスの言葉を遮る。しかも人払いを求めるとは一体何があったのか。
気が急いているクロフォードは部屋の中にいる人物が誰だかわかっていなかった。
「大事なお話なら、私とステラは外しましょうか?」
クラウスの背後からひょっこり現れたアメリアに、今度はクロフォードが目を見開いた。人払い、とは、仲間内ではなく街の民や教会関係者がいたらと思ってのことだった。
本来なら娘であるアメリアにこそ一番に知らせるべきだろう。だがクロフォードはステラ達ほどアメリアの性格を熟知していない。この状況で死んだとされていた父王が生きていたことを伝えてよいのか判断がつかない。
そもそも噂があった時点で伝えていなかったのだ。実は、と話し始めることへのばつの悪さもあった。
その時、クロフォードの上着の中で紙がかさりと音を立てた。そこでやっとハッとして、冷静さを取り戻した。
「いえ、非礼をお許しください。事は……王女殿下にこそお伝えしなければならないことです」
その言葉に全員が緊張を高めた。だが当のアメリアがにっこりと笑った。
「そんなに大事なお話なら、尚更落ち着いてからお聞きしたいわ。お夕食をいただいてからにしましょう、ね?」
その提案に合わせるかのように、ソフィが食事の用意が整ったと皆を呼びに来た。
◇◆◇
食事を終えた後、クロフォードはクラウスとアメリアの三人で話したい、と申し出た。だがアメリアがもう一人の名を出す。
「ステラも一緒にいいかしら」
クロフォードは少し驚く。二人の仲の良さは分かっているが、この問題を共有するということはそれ相応の責任を負うことになる。そういう点でステラを巻き込んでいいのか悩んだ。
クロフォードがステラを蔑ろにするはずがないと知っているクラウスは、アメリアに賛同した。彼がどんな話をしようとしているのか分からないながら、アメリアを呼んだ時点である程度の想定が出来ていた。
「事情は後で話す。だが娘も呼んでいいだろうか」
「ですが、公爵……」
「心配しなくて大丈夫だ。といより娘は」
そこでアメリアがクラウスに変わって続けた。
「ステラは私の王配だと思ってください」
クラウスの理解のはるか上を行くアメリアの発言に、二人は驚いてあんぐり口を開けて呆けてしまった。
◇◆◇
ステラも呼んで四人そろったところで、クロフォードはどこから話そう、と悩み始めた。だがどう話そうが事実は一つだ。まずは打って出る、その次は相手の出方を見て判断する。それが戦場で培った自分なりの戦い方だった。
「まだ他の人には他言無用に願います。……サイモス一世陛下にお会いしました」
全員が息を飲む気配がした。特にクロフォードはアメリアを注視した。
青い瞳が極限まで見開かれ、呼吸すら忘れているように見える。その状態に気づいたステラがそっとその手を握るのが見えた。
「それは……本当かっ?!」
隣のクラウスが大声を上げてクロフォードにつかみかかる。普段の冷静で理知的なクラウスから想像出来ない動揺ぶりだった。
クラウスはクロフォードの分厚い肩を強く握って揺さぶる。だがその手は震え続けていた。
クロフォードは強く頷き返す。
「本当です。噂を辿って訪れたリムリットで偶然知り合ったヴァードの民の族長に匿われていました」
「真実……陛下だったのか」
「はい。直接お会いし、言葉も交わしました。左腕を大きく失っておられて……。それも国の発表と合致します」
感極まったクラウスは、喜びのあまり声があふれ出しそうだった。だが内容が内容なだけに余人に気づかれるわけにはいかない。両の手が白くなるほど強く握りしめて堪えた。
「……お父様が……」
アメリアの口から小さな声が聞こえた。そして同時に大粒の涙が次から次へと零れ落ちる。まるで澄んだ水晶の玉が転がり出てくるようで、美しさのあまり見惚れて気遣う言葉をかけ忘れるほどだった。
「お父様が……良かったっ……」
手で顔を覆って声を上げて泣き始めた。ステラはアメリアのか細い肩を優しく抱き寄せる。
サイモス一世の訃報が伝えられた時も、城を落ち延びねばならなかったときも、ただの一度も泣かなかったアメリアが、父王の生存の知らせを聞いてやっと涙を流すことが出来たのだった。思う存分泣かせてあげたいと、ステラは思った。
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