翌日、ギレームで馬車を調達した。馬車にはアメリアとアリオス。ステラは乗馬して馬車を先導した。

 昼過ぎにトーリアへ到着する。城門のすぐそばでソフィとキャロルが待っていてくれた。


「おかえりなさいませ!」

「おっかえり~。お土産は?」


 両手を差し出して待ち受けていた二人にアメリアは吹き出し、ステラは呆れた。


「観光ではないと言ったでしょう。それより……ちょっと大きな荷物を運びたいので」


 ステラがそこまで行ったところでソフィが頷いた。


「兄さま連れてまいりますわ」


 一緒に運んでほしい、と言いかけたのを違う解釈をしたソフィが駆けだして行ってしまった。


 くすくす笑うアメリアに、キャロルが声をかける。


「どんな二日間を過ごしたのか分からないけど、すっきりした顔してるわね」

「えっ? 私?」

「うん。エイミィちゃんだけじゃなくて、ステラもかな」


 アメリアは目を転じる。

 少し離れたところでは、ソフィがカルロスにすべての荷物を背負わせようとして、ステラがそれを止めようと騒いでいた。アメリアはキャロルと一緒に吹き出した。


◇◆◇


 アリオス像はクラウスの居室へ運び込まれた。

 クラウス、アメリア、ステラの三人だけになったところで、包んでいた布を取り外す。クラウスは絶句した。


「これは……」

「やっぱりまだ元に戻っていないな」


 何度も確認したせいで、ステラはもはや驚くことはなかった。娘の冷静な様子にクラウスは更に混乱する。


「実は、これだけじゃないんです」


 アメリアは、すう、と深く息を吸う。そしてハンスの父から聞いたヘリオスとアリオス兄弟の話、父王がパルマ候アレッサンドに話したことから、この教会で起きたこと、昨日のギレームで起きたことを全て話した。


◇◆◇


 アメリアの話は、長いだけでなく初めて聞くクラウスにとっては驚きの連続で、途中で中断して思考を整理しながら聞く必要があった。

 全て聞き終わったとき、窓の外には大きな夕日が落ち始めていた。


 アメリアが手ずから淹れてくれたお茶を一口含んで、クラウスはアメリアとステラを交互に見た。


 普通に考えれば、ステラの言う通りアメリアが奇蹟にあずかることは不思議ではない。むしろアメリアほどそうした体験をするのにふさわしい者もいないだろう。

 だがステラも同じ体験を引き起こしたということの理由が分からなかった。

 さらに二人に呼び掛けた声と、その内容。

 戻れ、ということが仲間の待つトーリアへの帰還と解釈したようだが、クラウスはそれだけではないと思った。


 アメリアがあるべき場所。それは玉座だ。『戻れ』とはそういう意味ではないのか。

 そして奇蹟の存在がアメリアに語り掛けるとは、それだけメラルドの未来が危ういということではないのか。


 クラウスもステラ同様、常識外れた信心は持ち合わせていない。ステラのそうした平衡感覚は父クラウスの教えだから、と言うほうが正しいだろう。

 だからこそこの神託の意味は深く考えなければならないと思った。


「だが……先王陛下はアレッサンドにそんなことを話していたんだな」


『銀の髪と青い瞳を持つ者が王となる時、再びメラルド王国に節目が訪れる』


 ヘリオスという英雄アリオスの実兄が実は魔物を斃した本当の勇者で、時の大魔女から宣託を受けていたこと、そしてまさにこの現代に、その宣託通りの状況が生まれつつあること。

 それを考慮した上での『戻れ』は、やはり大いなる何かがアメリアに玉座への帰還を促していると捉えるほうが自然だと感じた。


 だが、と、アメリアを見る。


 王としての自覚を急速に育てつつあるものの、今ここで急がせてよいものだろうか、とも悩む。アメリアが駄目ならほかの誰か、と考えられるような問題ではない。何よりクラウスにとってアメリアは親友の忘れ形見でもある。ステラ同様、髪一房でも傷つけられることは許せなかった。


「姫様、ステラ。この件少し考える時間をいただきたい。無論ギレームの教会への手回しもこちらで行うので心配しなくていい。そしてこのアリオス像だが、こちらで預かろう。マインダートに使いをやって、パルマ候に保管していただく」


 アメリア達は無論異存はなかった。一つホッとしたところで扉が叩かれる。


「ニコルです。クロフォードが戻りました」

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