三十三

「アリオス像が変化した、って……」


 ステラはアメリアの話に驚き、オウム返ししか出来なかった。アメリアは信じてもらえないか、と思いつつ頷いた。


「自分でも最初は見間違いだと思ったの。だけど何度確認しても色が変わってた。修行生の子が入ってこなかったらまだしばらくあのままだったかもしれない」


 それに、と、あの時を思い出しながら続ける。


「目覚めなさい、って、ずっと耳元で言われ続けたの。それはお御堂に行く前からよ。夢の中で何度も言われて、どうしても起きなきゃって思って無理やり目を覚ましたらまだすごく早い時間だったから、その時は変だなぁって思っただけだったけど……。どこかで聞いた誰かの声みたいな気もするし、全然知らない人かもしれないし」


 一点を凝視しながら独り言のように話し続けるアメリアを見つめながら、ステラは自分の中で点と点がつながるようだった。


(姫様に目覚めを、覚醒をうながしている……?)


 ステラは神秘や霊的な存在は実を言うとほとんど信じていない。だからこそハンスの父から聞いた伝説の真実もさほど抵抗なく聞くことが出来た。そうした存在を蔑ろにするつもりはないが、必要以上に縛られるのも意味はないと考えていた。


 だが今のアメリアの話は、無下にしてはいけないと感じた。それは体験したのが他ならないアメリアだからだ。

 この国の正当な王位継承者で、伝説の英雄の血を引く少女。そして歴代王族とは違う、真の英雄と同じ容貌を宿している少女。

 何よりも、ユーグレスやハウエルにはない強い国や民への愛情。


 そうしたアメリアに、神聖な存在が語り掛けてきても不思議ではないはずだった。


「それを聞いて……あなたはどう思った?」


 ステラの問は、アメリアの話を全て肯定しているものだった。アメリアはそれに勇気づけられて頷く。


「私の気持ちは変わらないわ。叔父様やハウエルが道を正してくれないなら、私が二人に代わって国を守る。だけどそれだけじゃなくて……不安になった」

「……不安?」

「もしかしたら時間がないのかも、って」


 アメリアは顔色を暗くして目を上げる。


「私たちが考えているよりずっと、民は苦しんでいるのかもしれない。冬を越せないかもって困っていたトーリアのように。それを……知らせに来たのかもって思ったの」


◇◆◇


 寝台の上に半身を起こして座っているサイモスを見て、クロフォードは安堵と混乱と、それを上回る喜びで言葉が出ない。

 だがすぐ間近にいるはずのサイモスの顔が歪んでしまう。涙が溢れて止まらなかった。


「陛下、陛下……陛下……っ、生きて……おられたのですね……!」


 嗚咽混じりの呼びかけでも、その思いは無論サイモスに通じた。目を細めながら頷く。


「久しいな、クロフォード。まさかこんなところで会えるとは」

「陛下……、なぜ……」


 謀殺されたと誰もが思っていた。生きているかも、という可能性や噂は自分たちの願望が見せた幻では、とも疑った。生きているなら何故何カ月も姿を見せなかったのか。どうしてヴァードの民と一緒にいるのか。


 聞きたいことは山ほどあったが、生きていてくれた事実だけで全てどうでもいいような気もした。


「彼は片腕を失って川に流されていたんです。ひどい出血で一時は命が危なかった。私も諦めかけたほどです」


 キングの言葉にハッとして顔をあげれば、確かにサイモスの左腕は二の腕の半ばあたりから先が失われていた。王都に運ばれたという腕は、確かにサイモスのものだったのだろう。


「療養はもちろんですが、死んだと広められ新しい王が即位してしまっていたから、安易に名乗りを上げることも危険だと思われた。だから私たちでここに匿っています。幸い、私と彼は古い馴染みでしてね」


 驚くククロフォードに、サイモスがキングに同意するかのように笑った。


「馴染みだなんて畏れ多い。あなたは昔も今も私にとっては永遠に追いつけない師匠ですよ」

「おや、初めて師匠と呼んでくれましたね。臣下の前だからって格好つけなくていいんですよ?」


 そんなんじゃないですよ、と慌てて否定するサイモスと、それを見て他の面々も笑い声をあげた。


 クロフォードは改めてサイモスが生きていたことを実感し、止まりかけていた涙が再びあふれ出した。

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