三十二

 クロフォードはキングの申し出に、手のひらにかいた汗を握りしめながら口を開く。


「とても重要な問題がおありだということは分かりました。ただ……詳細が分からなければ判断はつきかねます。見ての通り私は成人してはおりますが若輩です。国を思う気持ちはありますが、どこまで責任を負えるかと問われれば、命を賭して、とお答えするほかありません」


 クロフォードの脳裏ではサイモス一世の下で過ごした日々が甦る。あの頃は今自分がこうしているなど想像もつかなかった。本当ならまだあのまま、尊崇する年長者の許で呑気な若者時代を過ごしているはずだったと。


 緊張と懐かしさで思考が混乱しかけたクラウスの耳に、キングの落ち着いた声が響いた。


「それも尤もな話だ……。こちらが急ぎ過ぎたようです。では質問を変えましょう」


 顔をあげたクラウスに、キングが続けた。


「あなたは今の、新しいメラルド王とその治世をどうお考えですが」


 再びクラウスの心臓がドン! と打つ。思いもかけない、そして自分の懸案のど真ん中を突かれた気がした。


「メラルドの方に自国の王を批評せよ、というのは酷な話かもしれませんが……」


 クラウスの顔色を見て気遣ったのか、キングが目を伏せる。しかしそれを見て逆にクラウスは腹を括った。


「他民族の方へ自国の恥を晒すようで心苦しいですが、私は新王を快く思っておりません」


 言ってから、自分の言葉の鋭さに驚く。だが改めるつもりはなかった。


「先王陛下の治世に定着していた助け合いの制度がどんどん撤廃され、民にとって必要な施策を後回しにしてまで城を増築し、生活の苦しい者からも容赦なく税を取り立てようとしています。まだ一年も経たないのに国のあちこちでひずみが生まれているのを感じています。このままでは……メラルドは終わりです」


 脳裏にはトーリアの民と楽し気に話すアメリアの姿があった。身分を隠しながら民に尽くし、時に悪役に回ってでも道を正そうとする。それはサイモスの近くで過ごした経験があるクロフォードにとっては懐かしさを抱かせる姿だった。


「あんた……貴族なのに勇気あるな」


 横で聞いていたアルヴァが感心したように呟く。クロフォードは小さく笑った。


「俺の周囲には同じように今の世を憂いている人が多い。なんだったら俺よりずっと過激なことを言うもっと身分の高い人もいるくらいだ」


 ここにクラウスがいたら、一体何を言い出すのだろうと想像すると笑いと冷や汗が両方わいてきそうだった。


 ずっと黙っていたアイザックが、バン! と自分の膝を叩いた。


「気に入った! 血筋が良いだけの貴族ではない、骨のある騎士だ。さすがメラルドは人材が豊富だな」


 そして立ち上がると、クロフォードとキングの間に入った。


「キング、俺はこの人を信用していいと思う。何より自国の民と繋がることが、あの人にとっては一番必要なことだとあんたも言っていただろう」


 キングはアイザックとクロフォードを交互に見遣る。その前でクロフォードは眉を寄せた。


(自国の民?)


 キングは椅子のひじ掛けに手をつきながらゆっくり立ち上がった。


「クロフォード殿。私はあなたに、大事な友人をお任せしたい。彼はあなた方にとっても代えがたい存在のはずだろうから」


 そしてクロフォードについてくるよう命じるとユルトを出る。他の三人も一緒についてきた。


 夜の闇の中をニ十分ほどは歩いただろうか。たどり着いたのはユルトのようなテントではなく、しっかりした石造りの家だった。その戸をキングが叩く。


「……起きてるか? 入るぞ」


 分厚い木製の扉をアイザックが押さえる。目線で『入れ』と言われたクロフォードはキングに続く。


 そして室内の寝台に横たわっている人物を見て、膝から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「……陛下!」

 

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