三十一

 アルヴァに案内されて向かったのは、居留地の一番奥のひときわ明るいユルトだった。族長の警護のためか、入口らしき幕の前には男が数人立っていた。


 アルヴァに目を止めた男は一瞬笑いかけるが、その背後にクロフォードを認めて顔が強張る。


「おいアルヴァ、あれはメラルド人だな。なんでこんなところまで連れて来た」

「お前たちには関係ない。彼は俺の客人で、キングに会ってもらいたくて連れて来た。そこをどけ」

「キングに?!」


 一気に男たちが色めき立つ。その騒ぎが伝わったのか、幕が内側から開いて一人の少女が出てきた。


「何やってるの、あんた達」


 褐色の肌に、小さな顔に不釣り合いなくらい大きな瞳の少女だった。小柄で、丁度アメリアと同じくらいの年頃だろうか、と思いながらクロフォードが見つめていると、目線に気づいたのかこちらを見て目が合った。


「あんた、メラルドの人?」


 直接話しかけられて驚く。慌てて頷くだけの返事をした。


「アルヴァが連れて来たの?」

「そうだ。アイザックに……出来ればキングに会ってもらいたくて連れて来た」


 少女もそれを聞いて目を見開く。そしてもう一度クロフォードを、今度は頭のてっぺんからつま先までじっくり吟味するように眺めまわした。


「……分かったわ、入って」

「嬢さん! そんな、勝手に余所者を」


 言って阻止しかけた男が次の瞬間地面にたたきつけられていた。呻く男の横で涼し気に居ずまいを直す少女がもう一度クロフォードを見た。


「気にしなくていいわ、ほら」


 呆気にとられるクロフォードの横でアルヴァがため息をついて背を押してきた。


「ライラのことは気にするな……。まあ、入れ」


◇◆◇


 ユルトの中では四隅に松明が置かれてていて明るかった。その中央には男が二人座っていた。

 一人は大柄で壮健そうな四十がらみの男で、胡坐をかいて地面に座っていた。

 もう一人はもう少し年上の白髪の男で、部屋の最奥に置かれた椅子に腰かけていた。


 ユルトに入ってすぐに、クロフォードの隣にいたアルヴァが膝をついて頭を下げた。それを見て慌てて倣う。


「アイザック、キング。突然すまない。彼はメラルドの貴族で騎士だそうだ。きっと二人の役に立つと思ったので同行してもらった」


 一緒に頭を下げながら、クロフォードは話の流れが読めず戸惑う。だがアルヴァが呼び掛けた二人の男から発せられる威圧感に圧倒されて口を挟むことが出来なかった。

 黙ったままのクロフォードに、白髪の男が呼び掛けた。


「メラルドのお方、顔をあげられよ。あなたはヴァードの民ではなくアルヴァが連れてきた客人だ。そう畏まらずともよい」


 低く、しかしよく通る声が心地よい。クロフォードは詰めていた息を緩めて顔をあげた。


「クロフォード・フォン・グリュンネと申します」

「貴族でいらっしゃるとか」

「はい、代々伯爵の地位をいただいております。今は父がその地位におりますので、私自身は子爵です」

「私はキングと言う。ヴァードの民を統率している。ここにとどまっている連中を直接束ねているのはこのアイザックだ」


 キングに紹介されてアイザックも無言のまま頭を下げた。アルヴァもトーイもそうだったが、ヴァードの民は話で聞くのとは違って物腰が柔らかく接しやすい気質の人が多いと感じた。

 クロフォードは思い切って自分から訊ねてみた。


「アルヴァからご紹介いただいたように私はこの国の貴族で騎士を務めておりましたが、それが何か皆様のお役に立てることなのでしょうか」


 クロフォードの問に、キングもアイザックも答えなかった。代わりに先ほどの少女―ライラ―に幕の外を含めて人払いをさせる。残ったのはキング、アイザック、アルヴァ、ライラ、そしてクロフォードだった。


 改めてキングが落とした声で話し出す。


「これは私にとっても、そして貴国にとっても非常に重要で危険な情報になる。もしあなたがその責任を負い切る自信がないなら、ここでお帰りいただいてもいい。その代わりにあなたの代理となる人物をご紹介いただきたい」


 どうされる、と念を押されたとき、クロフォードは緊張のあまり生唾を飲み込んでいた。

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