三十

 トーイに連れられて到着したのは街はずれの森の入り口だった。そこには大きなテントが数十立てられて、まるで別の街が一つ出現したかのようだった。


「ここが俺達の今の居場所だ。戻ったこととこれから食事に出ることを家族に伝えてくるから、ここでちょっと待っててくれ」


 そう言ってトーイは軽快に駆けていった。

 クロフォードは周囲を見回す。すでに夕暮れから夜になりかけた時間帯だったから、あちらこちらから良い匂いが漂ってきてクロフォードの空腹を刺激した。


 振り向いて街のほうを見ると、大して距離は離れていないにもかかわらず明らかにこちらを『無いもの』のように振舞っているのが分かる。

 先ほどの宿での一件といい、ヴァードの民への風当たりがきつくなっていることを感じた。


「おまたせ! じゃあ約束通り連れてってやるよ」


 背中をポン、と叩かれて振り向くとトーイが戻ってきたところだった。そしてその背後には自分と同年配だと思われる青年もいた。風貌からこちらもやはりヴァードの民のようだった。


「俺の兄貴。さっきあんたが助けてくれたことを話したら礼がしたいって」

「アルヴァだ。弟が迷惑をかけたな」


 褐色の肌が精悍さを引き立てるような鋭い目つきの男だった。だが声は意外なほど優し気で、クロフォードはホッとして差し出された右手を握り返した。


「クロフォードだ。どちらかと言うとトーイは被害者だったと思う。まあ怪我が無くて何よりだ」


 クロフォードの丁寧な物腰にアルヴァも警戒心を解いた。


◇◆◇


 店に入って注文を終えると、クロフォードはさりげなく調査を始めた。


「俺、実はヴァードの民の人と会うの、初めてなんだ」

「そうなのか? でもそうだよな、俺達、冬以外は一年中あちこちを旅してるし」


 料理より先に提供されたパンに食いつきながらトーイが答える。口をもぐもぐさせながら話す弟に、アルヴァが軽く拳骨を落とした。


「食うか話すかどっちかにしろっていつも言ってるだろ……。あんた、もしかして騎士か?」


 いきなり言い当てられてクロフォードは緊張する。鎧も剣も身に着けておらず、目立つのを避けるために可能な限り質素な服装をしているのに。

 しかし嘘をついては信用は得られない。クロフォードは正直に頷いた。


「ああ。でも今は事情があって軍から離れているけどね」

「そうか……、騎士ということは、貴族なのか?」

「あ、ああ、そうだけど……それが?」


 逆にアルヴァが黙り込む。自分が貴族だと具合が悪いことでもあるのだろうか、と訝しんだが、二人にこちらを忌避する気配はない。丁度料理が運ばれてきてトーイが嬉し気な歓声を上げる。

 だがその声にも反応せず、アルヴァは厳しくした表情でクロフォードを見た。


「食事のあと、時間あるか?」


 理由は分からないながら、渡りに船とクロフォードは二つ返事で頷いた。


◇◆◇


 こちらが支払う、と何度も行ったのに頑として受け付けず、アルヴァが三人分の食事代を支払うと、そのままヴァードの民の居留地へクロフォードを案内した。

 食事の間の会話ですっかりクロフォードに懐いてしまったトーイは、もう少し一緒にいられると分かって無邪気にはしゃいでいた。


「こっち、俺ん家のユルトはこっちだよ!」

「ユルト?」

「このテントのことだ。俺達はユルトって呼んでる」


 横からアルヴァが説明してくれ、クロフォードは頷く。テントといいつつ普通の家の二階建てより高さがあった。


「トーイ、俺たちはこれから大事な話がある。お前は先に帰ってろ」


 アルヴァの命令に不満げにトーイは反抗したが、兄には逆らえないらしく渋々頷いて、クロフォードに大声で挨拶をするとまた元気に駆けていった。


「悪いな、もし遅くなったら泊っていってくれてもいいから。……こっちだ」

「えーと、どこへ行くのか、聞いてもいいかな」

「俺たちの族長のところだ。ヴァードの民、といってもいくつかのグループに分かれている。そのうちの一つを取りまとめている人だ」


 クロフォードは半分納得し、もう半分は首を傾げた。


(どうしてそんな人のところへ、俺を……?)

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