二十九
同じ頃、クロフォードはクラウス達に頼まれた調査のための旅を続けていた。
『今の王は偽物だと。本物の英雄は銀の髪青い瞳のはずだ』という噂を広めようとしている者たちに接触を図る、という使命だ。
目当てはヴァードの民だ。だが「風の民」の呼び名の通り、一所には長くとどまらないらしく、情報を得て駆けつけてもすでに移動した後だった、ということを繰り返していた。
すぐに成果を上げられるとは思っていなかったが、前回空振りで終わったことを含めると、何某かの手掛かりは得て帰りたかったクロフォードは、丹念な調査を続けていた。
今日も何の成果も得られず、クロフォードは馬を引いて宿へ戻る。その時宿の大扉が乱暴に開け放たれ、中から青年が転がり出てきた。
「失せやがれ! この流れ者が! ここはお前らが来るようなところじゃねえんだよ!」
宿の中から髭面の中年男が怒鳴りながら出てくる。先ほどの青年と何か諍いでもあったのかと、クロフォードは馬を預けると二人へ駆け寄った。
「何があったのです? 揉め事ですか? まずは落ち着いて」
クロフォードは道に転がった青年に手を貸して立ち上がらせる。が、青年はクロフォードの手を突き飛ばすように振り払い、中年男に飛び掛かった。
まさか反撃されるとは思っていなかったらしい中年男は、驚いて躓き、そのまま後ろにひっくり返る。青年は男の太鼓腹に跨って頬桁を殴りつけようと腕を振り上げた。
その腕をクロフォードが掴んで、二人を引きはがした。
「っ、なにすんだ、あんた! 関係ないだろ!」
青年は慌てて逃れようとするが、片腕で軽々と引っ張り上げられたことに驚きと屈辱を感じ、青年の矛先は中年男からクロフォードへ移った。
「分かったから大人しくしろ。ケンカか? 酒の席での行き違いに本気になるな、男らしくないぞ」
そこでやっと向き合った青年の容貌をまじまじと見てクロフォードは目を見開いた。
褐色の肌に黒曜の瞳に黒い髪。
それは、ヴァードの民が持つ特徴だった。
「君、もしかしてヴァードの……」
言いかけたクロフォードの声に重ねるように件の中年男が大声を上げた。
「そうさ! 放浪の民、土地を持たずにあちこちフラフラお気楽に生きてるヴァードの民だ。お前らこのメラルドに何しに来た? ここは英雄アリオスが守った聖なる土地だ。お前らみたいなよそ者が好き勝手していい土地じゃないんだ。さっさと出ていけ!」
かなり酔っているのか半分はろれつが回っていなかった。そのくせ目つきだけは居丈高でヴァードの民を見下していることがありありと伝わって来た。
クロフォードは同じメラルド国民として、その醜態が恥ずかしかった。中年男には無言で背を向けると、青年の服の土を払う。
「悪かったな、あの親父さんの代わりに俺が謝るよ。何があったか知らないが、民族が違うという理由だけでケンカを売っていいはずはないんだ」
すまなかった、と深々と頭を下げる。面食らったのは周囲だけではなく、当の青年もたじろいだ。
「あ、あんたが謝ることじゃ……」
「じゃあ、これで水に流してくれるかな?」
青年、と思っていたがよく見るともっと幼そうな顔つきだった。背が高いために大人びて見えるだけのようで、そう思うと尚更自国民の振舞が情けなかった。
(それに、やっと見つけたヴァードの民だ。逃したくない)
クロフォードは普段より一層優しく親し気な笑顔を作って青年の肩を抱いた。
「お詫びと言ってはなんだが、どこかで一杯やらないか? 俺は旅の者でこの街のことはよく知らないんだ。旨い店を知っていたら教えてくれよ」
青年は急に親し気な態度に出たクロフォードに驚きつつ、今の礼儀正しい振舞と立派な身なりで彼を信用したらしく、やっと表情を柔らかくした。
「いいよ、俺たちがテント張ってる場所の近くに旨い鍋料理を出す店があるんだ。案内するよ」
そして、名はトーイというんだ、と言った。
クロフォードも自分の名を伝え、二人はその場を後にした。
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