二十六
翌日早朝、キャロルに見送られ、アメリアとステラはトーリアを出発することになった。
馬車での移動の予定だったが、二人だけで話がしたかったステラが御者の同行を断ったところ、アメリアが
「だったら一緒に馬で行く」
と言い出したため、二人乗り用の馬具をつけて馬での移動になった。
「すぐ帰ってくるんだろうけど、気を付けてね」
キャロルの見送りにアメリアが頷く。街の住民が起き出すより早く、二人は城門から出て行った。
◇◆◇
クラウスに言われた通り、ギレームはトーリアからさほど離れていなかった。馬車で半日ほど、ということだったので、馬で移動したことでそれより早く到着した。
「ステラはここに来たことあるの?」
「いえ、私ではなく、両親が立ち寄ったことがあるそうです」
アメリアは少し驚いた。ステラもまた、母を亡くしていたからだった。
馬を引きながら歩くステラの空いている方の手をそっと握った。
「ステラは……お母さまのこと覚えてる?」
「いえ……、私を生んですぐに亡くなったので、父からの話と肖像画しか知りません」
アメリアは頷く。そしてこれだけずっと一緒にいながら、こんな話すらしないで来たことに自分で驚いた。もしかしたらステラは自分に遠慮して母親関連の話題を避けていたのだろうか、とも思った。
「ねえ、ステラ。折角久しぶりに二人きりなんだから……ステラの話をたくさん聞きたいわ」
「……私の、ですか?」
ステラは予定と違う話になりそうだと思って面食らう。自分がアメリアを連れ出したのは、アメリアが秘めているだろう胸の内を聞き出すためだったのだが。
だがステラの戸惑いと旅の狙いを見透かすように、アメリアは大きく頷いた。
「今更よね。だけど……これからは今までと同じではいられないと思ったの。だから……そうなる前にステラに聞いてもらいたいことがあるの。そのためにもステラの話を聞きたいの」
◇◆◇
今夜の宿に手荷物と馬を預けると、二人は街の散策に出た。
観光というより、トーリアの街の再生のための参考になるものはないか知りたい、というアメリアの提案だった。
街に出ること自体は賛成だが、ここでもトーリアのことを持ち出したアメリアにステラは首を振った。
「ひ……エイミィ、この旅の間はトーリアのことを考えるのはやめよう。それでは街を出てきた意味がない」
「でも、せっかくなんだし」
ステラはため息を吐く。昨日食事もとらず寝こけていたことを忘れているのか、と呆れた。
ステラと手をつなぎつつも辺りをきょろきょろ見回すアメリアの顎をつまんでこちらへ向けさせる。
「いいかい、ここにいる間はトーリアのことは忘れるんだ。そうしないとお互いの話をする暇なんかなくなっちゃうよ?」
至近距離からこんこんと言い聞かせられ、その迫力にアメリアは頷くしかない。こくこくと何度も首肯するアメリアを見てステラはやっと納得し、その手を離した。
往来のど真ん中でラブシーンまがいのやり取りを繰り広げ、通りかかった少女たちを釘づけにしていたことを、当人たちだけは気づいていなかった。
◇◆◇
人通りの多い商店が集中するエリアを抜けると、街全体を見下ろせるような小高い丘に出た。街の人たちの憩いの場なのか、チラホラと楽し気な歓声を上げる家族も見えた。
ステラはポケットからハンカチーフを出して草の上に敷く。アメリアはそこへ腰を下ろした。
「夏なのにこの辺りは本当に涼しいのね。王都だったらとても外でのんびりする気にはなれない時期なのに」
懐かしそうに、しかしステラにだけ分かる程度の苦々しさも込められたアメリアの横顔を見つめながら、ステラは彼女の変化を再確認した。
気がつけば、言葉が先に出ていた。
「アメリア」
姫様、でも、エイミィ、でもなく本当の名を呼ばれて驚いて振り向く。名を呼ばれたことだけではない。これだけずっと一緒にいて、ステラがアメリアを尊称抜きで呼んだことはただの一度もなかったからだった。
「私の話が聞きたいと言ったね」
「……ええ」
「じゃあ、話すよ。……私があなたに伝えたいことはたった一つだ」
そして続けた。
―私はあなたを愛している。誰よりも、何よりも、この先永遠に、どんなことがあっても、変わることなく愛してる―
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます