二十五
アメリアは目を覚ました時、自分がどこにいるのか、昼なのか夜なのか分からず、寝台の中でしばらくぼんやりしていた。
横になったまま室内を見渡すと、テーブルの上にキャロルに『食べなさい!』と命じられた食事がそのまま置かれているのが見えて、やっと状況を把握した。
(食べる前に寝ちゃったんだ、私……。食堂にいたはずだけど、ここ、三人で使ってるお部屋よね?)
誰かが連れてきてくれたのだろうか、と考えている時に部屋の扉が開いて、ステラが入って来た。ステラもアメリアが目を覚ましていることに気づいて微笑んだ。
「おはよう、よく寝てたね」
「……ステラが運んでくれたの? ごめんね、私、食堂で寝ちゃったみたいで」
「いいんだ。疲れていたんだろう? 教えてくれたのはキャロルだしね」
「……怒ってなかった?」
「怒る? 誰が?」
「キャロル。……働き過ぎだ、って呆れられたから」
「怒ってなんかないよ。でも、心配はしていたよ。今彼女がエイミィの代わりに子どもたちの勉強を見てくれてるから心配しないでいい」
アメリは頷くが、納得はしていなかった。無論それは自分に対してだった。
黙り込んでしまったことで、ステラにはアメリアが何を考えているのか想像がつく。しかしわかるのは今の彼女の胸の内であり、その根底にあるものは分からなかった。
アメリアが隠し事をするとしたら、それは周囲への影響を考えた結果だった。
キャロルが言う通り、こちらから強く働きかけなければ一人で抱え込んでしまいかねない。
それが原因でアメリアに何かあれば、ステラは自分で自分を赦せないと思った。
ステラはアメリアの寝台の横に膝をついて、彼女の手に自分の手を重ねた。
「姫様、ご提案があるのですが」
唐突に呼び名まで変えたステラに、アメリアは首を傾げた。
◇◆◇
ステラは夕食後、父公爵が使っている部屋を訪ねた。
「姫様と、旅行?」
「はい」
ステラは生真面目な顔を崩さず頷いた。
「まあ、構わないと思うが……どこへ行きたいんだ?」
「旅行といいましたが、行楽や物見遊山ではありません。ただ、姫様とゆっくりお話がしたいのです。ここにいては姫様はお忙しくてそんな時間は取れないでしょう。であればいっそトーリアを出たほうがいいかと」
「……姫様とお話って、お前、何を……」
「それは……まだわかりません」
アメリアが一人で何を抱え込んでいるのかは分からない。だが今父に話したのと同じ提案をしたとき、アメリアは深く理由を追求せずに受け入れてくれた。おそらくそれが答えなのだろと、ステラは解釈していた。
クラウスはモノクルの向こうからじっと娘を見つめ、そして頷いた。
「そうだな。マインダートを出発して、もしかしたら王都を出てからずっと、そんな時間は取れないままだっただろう。この辺りで気分転換していただくのも必要だな」
そしてクラウスは抽斗から紙を出し何かを書きつけてステラに渡す。
「トーリアから西へ馬車で半日ほど行ったところにギレームという街がある。私がお前の母と二人で立ち寄ったことがある観光地だ。領主に紹介状を書いたからそこで数日ゆっくりしてくるといい」
ステラは礼を言って手紙を受け取った。
部屋へ戻るために暗い廊下を歩きながら、窓の外で輝く三日月を見上げる。
アメリアが何を考えているのか、聞くのが怖くないと言えば嘘になる。アメリアの決定一つでステラの人生と心は大きく変わる。それほどにステラにとってアメリアは大事で、かけがえのない存在だった。
今まではそれが当たり前だと思っていた。自分にとっての最優先事項は、国でも民でもなくアメリアなのが当然だと。
だが、これからは。
(姫様が大事だというものを、私も大切にしなければならない。そしてそれを姫様にお許しいただかなければならない)
それがいざとなればアメリアを見捨てる決断に繋がるかもしれない、ということには、まだステラは思い至ってはいなかった。
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