十四
その日、屋敷へ戻ったステラはすぐに父ブーランジェ公爵に呼ばれた。
晩餐前の中途半端なタイミングだったこともあり理由も分からず呼ばれた場所へ向かうと、部屋には先ほどまで一緒にいたカルロスと、その父であるフローベルグ伯爵が待っていた。
父一人かと思っていたところに思わぬ来客で、ステラは慌てて威儀を正す。
「お久しゅうございます、伯爵」
「ステラ殿、今日は急にお邪魔して申し訳ない」
いえ、と首を振るステラを、クラウス・ド・ブーランジェ公爵は自分の隣に座らせる。正面にはカルロスが、ステラ同様不得要領な顔で座っていた。
「二人は今でも仲が良いそうだな。ステラの性別に遠慮する騎士も少なくないが、カルロスは分け隔てなく扱ってくれているようで私としても嬉しい限りだ」
カルロスは恐縮しつつ頭を下げる。
「とんでもございません。ステラ嬢は私をはじめそこいらの騎士では相手になりません。剣の腕も気の強さも姫様への忠誠心も群を抜いていて」
普段から思っていることをそのまま口にするカルロスに、父のフローベルグ伯は焦って窘める。同じく顔を顰めるステラの横で、クラウスは愉快そうな笑い声をあげた。
「その通りだ。本当に女に生まれたのがこれほど惜しい者も珍しい」
「父上……」
「いや、二人が互いをよく理解していると分かって安心した。……伯爵」
「はい、本当に」
うんうんと頷きあう父親たちにステラ達は状況が呑み込めず首を傾げる。そしてタイミングを見計らったようにクラウスが二人へ告げた。
「陛下のご裁可のもと、両家で話し合ってお前たちを結婚させることになった。無論、準備もあるから明日にも、とはいかないが。そのつもりでいるように」
「「……は?」」
ステラとカルロスは同時に驚きの声を上げた。
◇◆◇
ステラに何か言いたげなカルロスを引きずるようにフローベルグ伯が辞した後、ステラの怒号が屋敷に響いた。
「ぜっっっっっっったいにお断りします!」
「落ち着け、ステラ」
「父上がこの話を破棄してくださらなければ落ち着けません!」
「落ち着かなければ話も出来ないだろう。まあ座れ」
先ほど伯爵父子が座っていた側をステラに勧めるが、ステラは立ったままそっぽを向いた。クラウスはため息をついて話し始める。
「私にはお前しか子がいない」
「そうですね」
「我が公爵家は代々近衛の将軍位を賜っている。無論、私もだ」
「そうですね」
「お前は次代の王を、王家をお守りする」
「だから私はっ……」
「お前ひとりでアメリア様を守り抜けるのか?」
急に厳しい顔つきで問い詰めてきた父に、ステラは返事が出来なかった。
「お前がそう簡単に嫁ぐとは私も思っていない。だがブーランジェの公爵位をカルロスに継いでもらうとしても、その次の代はお前が生んだ子でなければ意味が無いと思っている」
「そんな……先のことは」
「考えろ。百年先まで考えるんだ。そうでなければアメリア様をお守りすることは出来ないと心得ろ」
息を飲むステラに、クラウスはやっと張り詰めた空気を解く。ふう、と息をつくとソファに背を預けた。
「サイモス国王陛下は何があってもアメリア様に王位を継がせるご所存だ。王妃様がお亡くなりになってからアメリア様を表立って非難する者は減っているが、いないわけではない。そんな中でご即位されるなら、今からアメリア様の代を担う側近を育てる必要がある。可能な限りたくさん、お前と比肩するほどの強くゆるぎない忠誠を姫様に誓える人間を、だ」
ステラの体が再び固くなる。ずっと先だと思っていたことが、実はそう遠くない未来にやってくるのだ、と実感したからだった。
「カルロスは家柄も人物も才も人望も申し分ない。何よりお前と長い付き合いで、アメリア様とも近い。このカルロスに敵側が手を伸ばしたらどうなる。忘れるな、王家にとってお前もカルロスも駒の一つだ。ただし将来有望な駒だ。だからこそお前たちの関係を盤石にしたい。結婚という契約をもって、な」
ステラは返事が出来なかった。
父の『敵』という言葉が、すぐ近くにその存在を感じさせた。
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