十三

 サイモス達の会話を盗み聞いたレイモンは、ユーグレスに報告に向かう前に城外へ出た。

 外へ出たことを知られないために、あえて馬は使わず徒歩で歩を進める。

 到着したのは古びた貴族の館。そして用があるのはその最地下にある御堂だった。


 手燭の明かりだけを頼りに廊下を進み突き当りの扉を叩く。開くと中には長身で細身の神職姿の男が立っていた。


「ご機嫌よう、ストロフカ司祭様」

「ようこそ、レイモン殿」


 レイモンが隙のない目だけで微笑む挨拶した相手は、教団急進派の中でも過激派として知られる司祭、ストロフカだった。


「突然のおとないとはお珍しい」

「非礼お詫び申し上げます。ただ、ユーグレス様より先にストロフカ司祭のお耳に入れておきたい議がございまして」


 薄暗い御堂の中でストロフカの片目が光る。レイモンは慇懃に頭を下げながら、今しがた聞いたサイモス達の会話を伝えた。


 聞き終わったストロフカは眉間に深い皺を刻む。


「なんという……この国を導き栄えさせるべき王が、自ら禍を呼び寄せるとは」

「恐ろしいことです」


 レイモンはわざとらしいほど悲嘆を込めた声で頷いた。


「呪いが生まれて千年、国が栄えることで民は呪いの恐ろしさを忘れている。その隙を狙うようにこの世に生まれたアメリア王女はやはり滅亡の兆しとしか思えない」

「ユーグレス殿下もお心を痛めておいでです」

「幼い時分ですら母を死に追いやるような力を持っていたのですから、ご成長された今となってはより強い力を秘めておられるかもしれない」


 考え込むストロフカに、レイモンは提案をする。


「アメリア王女は用心深く、余人に姿を見せようとなさいません。それは何かを隠していらっしゃるからかもしれません」

「おお、やはり」

「ただまだ確信も、その真相も分かりません。今しばらくお時間を頂戴出来ますでしょうか」

「何か良い手立てでも?」


 青白いストロフカの顔を間近で見つめつつ、レイモンは請け負った。


「使い勝手のよいがおりますので」


 そして品よく辞去の礼するレイモンの伏せた瞳は、暗く輝いていた。


◇◆◇


 ハウエルは自室で一人、寝台に寝転がった。

 先ほどまで一人で勉強をしていたが、元来読書が苦手で、更に見張り役のソフィもいないとなれば全く身が入らない。


 高い天井を見上げながら、今頃ソフィは、そして姉は何をしているのだろうと考える。


(ソフィだって僕より姉さまと居るほうが楽しいんだ。僕となら普通に会話も出来るし同い年で気も使わなくていい。なのに話も出来ない年上の姉さまのところにすぐ行ってしまうのだから)


 本当はソフィはハウエルも誘った。


『ハウエル様もご一緒にアメリア王女殿下のお部屋へ伺いましょう』


 と言われ飛び上がるほど嬉しかった。

 だが同時にそんな自分を恥じ、断ってしまった。

 ソフィは寂しそうに頷き一人でアメリアの許へ行ってしまった。本当はもう一度説得してもらえたら、と思っていた。そうしてくれなかったソフィを恨めしく思いながら、女々しい自分にも腹が立った。


 思い出すだけで苛立ちが湧いてきて枕を壁へ投げつける。


 ハウエルがアメリアに対して素直になれないのは、アメリアへの嫉妬心だけではなかった。

 叔父のユーグレスが、事あるごとにハウエルを教育しにかかってくるのだ。

 曰く、


『正統な次期国王は君であるべきだ』

『民は呪いの本当の恐ろしさを知らない。国が滅んでからでは遅いのだ』

『国王陛下はアメリアを尊重しているのではない。憐れんでいるだけだ』

『ハウエル、君までアメリアにたぶらかされてはいけない』


 確かに亡国の呪いの伝説はハウエルも知っているし恐ろしくないと言えば噓になる。だが折に触れて優しく気遣ってくれる姉姫を疑うのも辛かった。


 何が本当で嘘なのか、何を信じればいいのか。

 ハウエルには分からなかったし、本心を相談出来る相手もいなかった。

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