十五
アメリアは飴の偽薬製造の件を父王へ相談するため、執務室を訪ねた。
以前医療制度についての提言をしたとき、畏まって公式に謁見を申し込んだが『親子なのだからもっと気楽に相談してほしかった』と言われたため、今回は晩餐前の比較的手すきと思われる時間帯に直接訪ねたのだった。
手にはローラたちと一緒に作った飴をサンプルとして持参している。実は内緒で街へ下りていることも話さなければならず、叱責を予想すると胸が痛いほど早まる。
ドキドキしながら扉を叩く。父の低い声が聞こえてそれだけで気持ちが少し落ち着いた。
「アメリアか、珍しいな。何かあったか?」
いつも通り、まず第一声はアメリアを気遣ってくれる。やはりこの父からの愛は失いたくない、と思ってしまう。
「実はお父様にご相談が……」
言いづらそうに扉の前から動かないアメリアを、サイモスは笑って腰掛けるよう促して自分も隣へ座った。
「あの……以前ご相談した街の医療体制についてなのですが……」
「ああ……、医科大学の設置は進んでいるよ。希望者も多いと聞いている。だが医師が街へ十分に行きわたるまでにはまだ時間がかかる」
「分かっております。ただ、その間にも民の間では病が広がっております」
アメリアが緊張しているように見えたのは相談を聞き入れてもらえるか、というよりも、今この時にも病にかかって苦しんでいる民がいることを想像しているせいだった。
サイモスは大きく頷いて先を促す。
「まずはお父様に謝らなければなりません。私は時折……身分を隠して街へ行って治癒魔法を施しています」
サイモスは驚いて息を呑んだ。医療体制の拡充に時間がかかれば業を煮やしたアメリアが行動を起こす可能性を懸念してはいたが、すでに現実になっているとは思わなかったからだ。
「黙っていたことは謝ります。でもだから知ることが出来ました。今、子どもたちの間で高熱で数日苦しむ病が広がっております。運が良ければ熱が下がって回復しますが、中にはそのまま命を落とす子もいると聞きました」
秘密を告白したことで気が楽になったのか、アメリアは急に饒舌になった。サイモスは頷いて更に続きを待つ。
「私が見た子どもは、母親ともども十分な栄養も取れていないようでした。薄暗く日当たりもよくない小さな家で母子二人で身を寄せ合って……。そして医者でもない私に診察料が払えないと狼狽えていました。病は運よく私の力で治すことが出来ましたが、あの後順調に回復出来ているのか、その後の生活は問題なく送れるのかを想像すると不安しかありません。多分あの子も……病にならなければ母親を助けてどこかで働いているのだと思います」
自分やハウエルよりも幼い子が生活のために働かなければならない、それでも決して裕福とは言えない生活しか待っていない現実と、それを不満にすら思わず受け入れている民の様子が、アメリアはショックで悲しかった。
「私の力など微々たるものです。それに……あまり表立って動けば素性が知られてしまう。呪いの伝説を持った王女など病以上に忌み嫌われてもおかしくありません。ただそれでは誰のことも救えない、助けられないっ……」
感極まったのかアメリアは父の肩に縋った。サイモスはその華奢な背に腕を回し、落ち着くのを待った。
「……で、お前は何がしたい? 私に何を願うのだ?」
「これです」
伏せていた顔を上げ、手に持っていた飴を見せた。
「これは……菓子か?」
「ソフィとローラに手伝ってもらって作りました。私の力を知られたくないので、この飴をお薬と偽って渡しています。病は気の持ちよう、とも言いますから本当の薬ではなくても安心してもらえるかと」
「なるほど」
「ですが、飴にはそれ以外の効果もあると聞きました。体調が悪い時でも緊急の栄養補給になるそうですね」
サイモスは頷く。糖分の多い食物は行軍時には必携だった。
「病気をすぐには治せないなら、せめて病に打ち勝てるよう栄養を取ってもらいたいのです。そのためにこの飴をたくさん作って民に無料で配布することは出来ないでしょうか」
サイモスは必死の表情で訴えるアメリアと、手に取った虹色の飴を交互に見遣った。
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