十一
王弟ユーグレスは、傾いた陽の光が差し込む中庭を眺めながら、一人果実酒を愉しんでいた。
明るい褐色の液体がゆっくりと喉から下へおりていく。冷たく、次第に熱く感じさせるそれは、ユーグレスの暗い望みと似ていて、不快だがやめられなかった。
ユーグレスは昔から兄王が嫌いだった。
姉姫を嫌いつつ憧れ慕っているハウエルとは違い、心の底から憎んでいた。
それはただ一つ、自分のほうが兄より優れているはずなのに、生まれ順が違うというだけで自分は王位継承の圏外にいるという事実によってだった。
学識も、血筋も、王家や王国への忠誠心も兄王に負けているとは思わない。
騎士としての体格は兄に一歩及ばずとも、武闘派ではない王など歴代に何人もいた。女王もいたのだから問題となるはずはない。
王家や王国への忠誠心という点で言うなら、むしろ兄王のほうが自分より劣っていると言える。
なんといっても、呪われた王女を第一王位継承者として指名しているのだから。
(王家に災いをもたらす呪われた王女など、生まれた時に排除してしまえばよかったものを……。あの銀の髪を見てもその判断を毛ほども示さなかったなど、兄はどうかしている)
生みの母である亡き王妃も驚きで気を失ったのだ。けれどサイモスは王妃こそ責め、アメリアを誰より寵愛している。その後に王子が生まれているというのに。
唯一の救いはアメリアが積極的に表舞台に出てこようとしないことだった。必要最低限の接触しかもたないが、それでもアメリアの思慮深さと控えめな性格は演技などではなく彼女の本質なのだと分かる。
おそらく自ら王位を望んだりはしないだろう。
それでも。
(兄はアメリアに位を譲るつもりだろう。まだ何十年も先の話かもしれないが……)
サイモスの支持者は国中にいる。建国以来の呪いの伝説を信じている者も少なくないが、サイモスの徳望とアメリアが王女であること、二歳下に王子がいることでまだそれほど騒ぎ出してはいない。
だがいずれは。
(兄上、あなたの自由にはさせない。この国はあなた一人のものではない)
サイモスが、ユーグレスたちが手を出せないような確固たる手段でアメリアを即位させる前にアメリアを排斥しなければならない。
愛する祖国のために。
◇◆◇
一旦御前会議を終わらせてから、改めてサイモスとブーランジェ公は二人で状況を整理していた。
「シャルドン伯を名代として派遣したとして、その後が問題です」
「そうだな……。本当にリオールが、オルソンが何か謀っているとしたら放置は出来ない。かといって」
「我が国から宣戦布告するわけにはいきません。西のクルタ公国との関係もあります。我が国が先んじて開戦する先例を作ってしまいますと、今後の両国の関係に影響します」
サイモスは頷く。クルタ公国とは比較的良好な関係を保てているが、それはメラルドから見て、という印象であり、メラルドより国力の劣るクルタ公国から見れば、いつ何時攻め込まれるか分からない、という不安はぬぐい切れないだろう。
「オルソンは話して分かる相手ではない。今までも何度条約や宣言を反故にされてきたか」
ブーランジェ公も頷く。約束は破るためにあるという笑い話を体現しているような男だった。
「我が国とて問題は山積だ。リオールだけにかかずらっているわけにはいかないのだが……」
珍しく弱音を吐くサイモスにブーランジェ公は眉を上げる。そしてくすりと笑った。
「おい、笑うところか? 慰めるところだろう、友として」
「臣下としてならお慰めいたしましょう。ですが友として、というなら、頭から水をかけてやりたい気分ですね」
言いながら近くにあった花瓶を持ち上げる。サイモスは降参したように両手を挙げた。
「待った、わかった、もう言わない、だからそれを下ろせ」
「ご理解いただけて嬉しゅうございます、陛下」
互いに声を立てて笑い合いながら、しかし、と顔を引き締める。
「もしもの場合は常に考えておかねばなりません」
「そうだな……。私に何かあったときのために、アメリアの即位を早めなくてはならないかもしれん」
サイモスもアメリアが女王となるためには幾重にも障害があることは承知していた。それでも、次代の王はアメリア以外にはいないと確信していたため、ブーランジェと二人きりという気安さもあり本音をこぼした。
扉の外でユーグレスの側近・レイモンが聞き耳を立てているとは露ほども思わずに。
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