さすがにカルロスも直接アメリアに物申すのは気が引ける。その分ステラに不満と心配をぶつけ続けながら歩いていたら、向かい側からソフィが駆け寄ってきた。


「姫様、おかえりなさいませ! ……もしかしてお疲れですか?」


 一目見てこちらの不調に気づいたらしいソフィに驚きつつアメリアは苦笑して頷く。ソフィは驚いて、すぐにがしっとその腕を掴んだ。


「湯浴みしてお召し替えいたしましょう。そして少しでも午睡を。大丈夫、晩餐前にはお声かけいたしますから」


 ソフィは兄たち二人をすっかり無視してアメリアを連れ去った。唖然とするステラにカルロスは同情する。


「諦めろ。ていうかあいつの言う通りにしたほうがいい。それより……お前に聞きたいこともあるし話さなきゃいけないこともある」


 普段の軽妙な調子を一かけらも漂わせず告げるカルロスからただならぬものを感じたステラは、すぐに頷いて後に従った。


◇◆◇


 他の騎士や従者がいる場でアメリアの話は憚られるため、ステラの父・ブーランジェ公の執務室へ向かって腰を下ろした。

 ステラは今日アメリアと二人で回った下町の様子を伝える。


「そんな病気が……伝染病なのか?」

「そこまではわからん。だが姫様はそれを懸念していらっしゃる。医療体制については国王陛下へ進言していらっしゃるようだが、アメリア様の肌感覚とは差異があるようで、お悩みのご様子だった」


 医者ではないと一目で分かるアメリアに対しても診療代の心配をした母親。病に臥せっていた少年だけでなく十分な食事をとれているようには見えなかった。アメリアは国全体を憂いつつ、あの親子の病後にも心を痛めているだろう。


 そういえば、とステラは顔を上げる。


「姫様が治癒の力を使った後に薬のようなものを渡していたんだが……あれはなんだろう」

「薬?」


 ステラは思い出しながら頷く。


「私もはっきりとは見ていないんだが、もらったご婦人が『飴玉みたいだ』と言っていた。ただあの状況で飴を差し出されるとは思えないし……」


 考え込むステラに、カルロスは別の話題を促した。


「アメリア様は何かお考えがあるのだろう。お元気になられたらまたお尋ねすればいい。それより、もう一つの話だがな」


 ステラはカルロスの最初の提案を思い出して慌てて頷いた。


「リオールに不審な動きがあるらしい。北方のミスリル鉱山を狙っているようだ」

「……リオール」


 隣国の名を聞いてステラの顔が厳しくなる。何かにつけてメラルドに攻撃的な振舞をしてくる。歴代王も現国王サイモスも、その都度友好的な解決を図ってきたが、それが習慣化したのか味をしめたのか、不穏な動きは後を絶たない。ただあからさまな攻撃や開戦意図とまでは言えないため、手をこまねいていた。


「シャルドン伯爵が陛下の名代で調査団を率いて向かわれるらしい。しかし」

「反対派が、ということだな」


 カルロスも頷く。


「ユーグレス殿下一派が、手緩いと陛下に詰め寄っているらしい。とはいえ我が国は他国を攻めない、占領しないのが国是だ。リオールの動きを見守る以外手はない」


 ステラはそこに昼間見た光景を重ね合わせた。


(今の状態でさえ民は生活を維持するのがやっと、もしくは正体不明の病が広まり始めている可能性がある。そこへ他国との交戦、または内乱や王室内の覇権争いが起きたら……)


 メラルドはサイモス一世の強力な主導体制下にある。本来なら置くべき宰相位は、サイモスの即位以来空席のままだった。その穴埋めをするように親友で右腕のブーランジェ公が補佐をしているが、反対派から見ればサイモスの独裁ともとれる状態だった。


 さらにサイモスには泣き所がある。アメリアだ。

 王家に災いをもたらす呪いの王女・アメリア。

 十年以上前の王妃マリアンヌの一件はごく一部の関係者しか真相を知らない。そのためまだ若く美しかった王妃の突然の死を、アメリアの呪いと結びつける者は後を絶たなかった。


 そしてサイモスはそのアメリアを次の王に、と望んでいる。


(姫様はこのことをどうお考えなのだろうか……)


 考えてみれば一度も本人に真意を訪ねたことが無かった。

 

 突然、突風が吹いたのかガラス窓が大きな音を立てた。

 高まった胸は音に驚いたせいのはずだが、ステラにはそれだけとは思えなかった。

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