八
城への帰路を辿って二人で歩いていたが、少しずつアメリアの歩調がゆっくりになっていく。ステラが心配になり声をかけようとしたところで、アメリアの体がふらりと崩れた。
「危ない!」
咄嗟のところで抱きとめる。ステラの腕の中でぐったりするアメリアは顔色が悪くなっていて、ステラは慌てて木陰へ運ぶ。
「姫様……大丈夫ですか?」
頬に手を当てながら小さい声で問いかけると、アメリアが小さく頷いた。
「ごめんね……一日に二回も力を使ったことがなくて、ちょっと疲れちゃった」
ステラに気遣わせないためだろうか、微かに笑って答える。その様子も痛々しくて、ステラはそっと華奢な体を抱きしめた。
「姫様、私の前で無理したり気遣ったりする必要はありません……。もし私を気遣ってくださるなら、むしろ辛い時は辛いと言ってください」
顔をうずめたアメリアの髪は、染粉の匂いと一緒にいつものアメリアの甘い香りがした。その微かにしか漂わない香りが、アメリアが中々見せようとしない本音のように捕らえ難く、ステラはもどかしくて更に強くアメリアを抱きしめた。
「ステラ……くるしい」
「あっ、も、申し訳ございません」
慌てて腕から力を抜くと、笑ったせいかアメリアの顔色が少し回復していた。
「今まで会ったことがない症状の人を続けて見たから、緊張しちゃったのもあるかな。それに……」
体を起こそうとするアメリアを手伝って手を添える。大きな樹の根元に二人並んで座った。
「そんな病気が広まっているなんて全然知らなかったし、お金の心配とか……。今日はステラが差し入れをしてくれたけど、その後は大丈夫なのかな」
思考はジョアンとマノン親子の生活へ飛んでいるのだろう。その表情は悲しんだり憐れんだりしているというより、深い思索を感じさせた。
(お父様は「考えている」とおっしゃるけれど、それを待っていていいのだろうか。ジョアンのような病気になった子どもは実際には何人くらいいるんだろう。自然に回復するならいいけれどそうでなければ高額な診療代を払ってお医者様に診せているのだろうか。だとすれば、その後の生活に影響しないはずがない。きっと子供たちも完治する前に働きに出たりしているんじゃないだろうか)
医療だけの問題ではなかった。無論衛生状態も良いとは言えない。ちゃんと栄養が取れているのか。一家の収入は。家族が誰か一人でも病気になったら生活が立ち行かなくなるようでは、安心して暮らしていけない。
「アメリア様」
そっと肩を抱かれてアメリアはハッとしたように顔を上げた。すぐ近くでは困ったように笑うステラが自分を気遣うように覗き込んでいた。
「色々お考えでいらっしゃるようですが、まずは城へ戻りましょう。そしてアメリア様ご自身が休んでください。あまり遅くなれば黙って抜け出したことが陛下に知られましょう」
アメリアは頷いて立ち上がる。木陰で休んだせいか大分疲労が回復していた。当然のように自分を抱き上げようとするステラを慌てて押しとどめる。
「だ、大丈夫だから。ちゃんと歩けるわ」
「一応、信じます。でもまたふらついたら私の言うことを聞いてくださいね?」
なぜか楽しそうに念を押すステラに、アメリアはこくこくと頷き返した。
城の裏木戸を開けると、腕組をして待ち構えていたカルロスに捕まった。
「どうして俺も連れていかなかった!」
と、謎の理由で大目玉をくらったのだった。
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