クレアの家を出たところで、再びカーラに呼び止められた。


「ごめんよ。もし良ければもう一人会ってやって欲しい人がいるんだよ」


 いつも明るいカーラの顔が微かに青ざめる。途端にアメリアは気持ちと顔を引き締め頷いた。

 アメリアがカーラの要望に応えようとしていることが分かったステラは、肩に手を置いて同意を伝える。


 カーラの話によると、最近高熱を出す子供が増えている、とのことだった。


「尋常じゃない熱らしいんだよ。それが三日三晩続いて食べ物も碌に食べられない。シエルくらいの子が生死の境を彷徨っているんだ」


 アメリアは事の重大さに息を飲む。怪我を治した経験しかなく、無論医学の心得もない。そんな自分が重態の患者を診ていいものだろうか。いやそれだけではない、正体不明の病が街で、しかも子どもを中心に増えていることを、父やその側近は知っているのだろうか。


 アメリアは一度に色んなことを考えて眩暈がしそうだったが、その背をステラが支える。


「まずはその子供に会いましょう。どうするかはそれから考えましょう」


 ステラはいざとなれば叱責も覚悟で城へ駆け戻ろうと思いながらアメリアを励ます。徒歩で来たことを後悔していた。


「あんた達も見たところまだ子供だから、伝染うつらないように気をつけるんだよ」


 子ども、と言われてアメリア達は戸惑う。だがカーラの声が優しく温かだったことで、むしろ仄かな嬉しさが湧いてきた。


「ここさ。……マノン、入るよ」


 ギィ、と音を立てて開いた木戸は古く、室内も更に古びていた。カーラの呼びかけで女性が出迎えてくれたが、その顔は疲れ切ってやつれていた。


「ジョアンはどうだい、少しは熱下がったかい?」


 マノンは力なく首を振る。そしてアメリア達に気づいて、部屋の中へ迎え入れてくれた。

 アメリアは奥の小さな寝台に横たわる少年のそばに近寄った。苦し気に口で息をし、額には汗がにじんでいた。

 そっと額に手を当てると驚くほど熱い。見れば顔は青白く栄養不足なことも影響していそうだった。


 アメリアは手帳に『いつから?』と書いてカーラに見せる。それを聞いたマノンが、


「一昨日からです。夕食を全部吐いてしまって、それからずっとこんな調子で……」


 ほぼ二日経っている。アメリアは慌てて少年の手を握り祈りを込めた。

 その仕草で、ステラはアメリアが力を使い始めたことが分かったが、効果があるのか分からずただ見守るしか出来なかった。


 しばらくしてアメリアが手を離すと、少年がゆっくり目を開いた。


「かあ、さん……」


 驚いて駆け寄るマノンにアメリアは場所を譲る。


「ジョアン、ジョアン! 大丈夫?」

「うん、なんか急に……体が軽くなって」


 マノンが少年の顔に手をやると、火のように熱かった体が平熱ほどにまで下がっていることが分かった。

 驚いて声もないマノンに、アメリアは先ほどクレアに渡したのと同じ小袋を差し出した。


「これは……」

「ああ、これはエイミィちゃん特製のお薬さ。効果は保証するよ、シエルもこのおかげですっかり怪我が治ったからね」


 大きな手で頭を撫でられ、アメリアは照れて下を向く。するとマノンが立ち上がってアメリアの両手を握った。


「ありがとう、ありがとう……本当にありがとうございます!」


 涙ぐまんばかりのマノンの謝辞にアメリアは慌てて、まだ完治したわけではないだろうから、しっかり休んで食事をとることを勧める、と書いて手渡した。

 マノンはその紙を胸にあてて何度も頷いた。


「もちろんです! ありがとうございます、本当に、ありがとう。ああ、でもお代が……もう少し待ってくれれば」

「マノン、それは大丈夫。それよりも今日のことは出来れば人に話さないでもらえるかい? 悪いことをしているわけじゃないんだけど、あまり評判になると人が殺到して、エイミィちゃんが困っちゃうからね」


 そういうことなら、とマノンは快諾してくれた。

 その時ちょうど市場で果物を買い集めてきたステラが戻ってきた。


「おや兄さん、気が利くじゃないか!」


 またもやバンバン! と背を叩かれてステラはむせそうになる。そこでやっと室内に笑いが響いた。

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