六
数日後、再びアメリアが
「街へ行きたい」
と言い出した。前回ステラに見つかったことと街で起きた騒動を目の当たりにし、『危険だ』というステラの意見を無視してはいけないと思ったため、事前申告することにしたのだった。
アメリアが父王に内緒にしているならステラも父に話すわけにはいかない。カルロスと外出する、という偽の予定を伝え、屋敷の庭師の息子から借りた服を着て同行した。
ステラはアメリアと違い服を着替えただけだったが、それでも普段とはまるで様子が違うので、アメリアは何度も変装したステラを見回した。
「……そんなにおかしいですか」
「違う違う、良く似合ってるわ。本当に男の子みたいよ」
「それはいつも言われることですから、まあ我慢しましょう」
不本意な表情を隠さないステラを見てアメリアはまた笑う。屈託なく声を上げて笑いながらスカートのすそをくるくるさせて駆けまわる様子は年相応の少女そのもので、どうしてこの姿が城で見られないのか、それはすべて……、と考えて、暗くなりかけた心を振り切るように頭を振った。
「今日はどちらへ?」
「あのね、シエルの知り合いのおばあさんが腰を悪くして寝込んでしまってるんですって」
「腰ですか……」
ステラは考え込む。アメリアの治癒能力は何度も目の当たりにしてきた。かなり重症と思われる怪我もたちまち治してしまう。しかしもし腰痛の原因が外傷ではないとしたら、アメリアの手に負えるだろうか。
「大丈夫」
ふと、すぐ近くから声が聞こえた。
「私だって全部の怪我を治せるなんて思ってないわ。お医者様じゃないものね。シエルちゃんの仲良しのおばあさんのお見舞いに行って、ついでに具合を聞くだけよ」
「……変に期待されてしまっているのでは」
「かも、しれないわね」
アメリアは下を向いて微かに笑った。
「もしかしたら何もできなくてガッカリされるかもしれない。でも今どんな人たちがどんな不調で苦しんでいるのかを知ることは出来るわ。そうすればもうすぐ出来るお医者様の学校の役に立つでしょう? 私はそれでもいいと思ってる。おばあさんには申し訳ないけれど……」
そう言って街のある方角へ上げたアメリアの横顔は、見たことが無いほど毅然としていてステラが見惚れたほどだった。
◇◆◇
「エイミィちゃん、こっちこっち!」
街の広場で先日も会った雑貨店の女店主が手を振っていた。アメリアも手を振り返す。
「おやあんた、この前のお兄さんじゃないか。なんだい、エイミィちゃんの好い人だったんだね」
と、ステラを見て勝手に解釈して納得し、ステラの背をバンバン叩いた。
「おっといけない、ほら案内するよ」
そして歩くこと数分、大通りから一筋奥へ入ったところにある小さな家に案内された。
「クレアおばさん、具合はどうだい」
「ああ、カーラかい、いつも来てくれて悪いね」
「今日はお見舞いも連れてきたんだ。前にシエルがケガをしたの治してくれたエイミィちゃんだよ」
促されアメリアはぺこりと頭を下げる。声が出ないことを説明したほうが良いかと思いしばし躊躇うが、それより早く件のクレアおばさんが笑って受け入れてくれた。どうやらエイミィの事情を言わずとも察してくれたようだった。
「お茶も出せずにごめんよ。わざわざありがとうね」
アメリアも笑顔を返し、黙ってクレアの手を取った。
傍目には握手をしているような、見舞いの気持ちを動作で伝えているだけのようだが、これでアメリアの力は発揮される。
どんどん温かくなる手に驚いて目を丸くするクレアだったが、アメリアが手を離すまでじっとしていた。
そしてしばらく経ってから手を離したアメリアは、持っているポーチから小さな袋を差し出した。
「これを……くれるのかい? まあ可愛らしい、まるで飴玉みたいだ。お薬かい?」
どうぞ、というような仕草で頷くと、後ろからカーラが後押しした。
「エイミィちゃんのお薬は万能だよ。シエルもあっという間に怪我が治ったからね」
褒められて照れくさそうに顔を赤らめるアメリアを見つめながら、ステラは事態が呑み込めなかった。
また来ますね、という言葉を書いた紙を、アメリアはクレアに渡す。
クレアは嬉しそうにもう一度礼を言い、それに手を振りながら二人は家を後にした。
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