アメリア達が揃って部屋から出ると、向かい側から二人連れが歩いてくるのが見えた。そのうちの一人がこちらに気づいて呼びかける。


「姫様! ステラ様!」


 栗色の巻き毛をはねさせながら駆けてくるのは、カルロスの妹のソフィだった。


「姫様、今日は如何でした?」


 ソフィの明るい声につられるようにアメリアは嬉しそうににこりと微笑む。その顔を見て万事了解したらしいソフィは、よかったー、と胸の前で手を合わせる。


「こら、兄貴は無視か」


 不満げなカルロスの声を呆れ調子のステラが制する。


「毎日見てる顔だ、飽きたんだろ」

「さすがステラ様。というかステラ様もそろそろ飽きませんか?」

「よくわかったね、飽き飽きしてるんだ、どうしようか」


 調子を合わせる二人にがっくりと肩を落とすカルロス。その三人からアメリアは視線を外し、彼女と一緒にいたもう一人を見つめた。

 アメリアの弟で王国の第一王子、ハウエルだ。


 アメリアはこっちにおいで、と言いたげに小首を傾げながら頷くが、ハウエルは気まずそうに目を背ける。

 その反応にアメリアの顔が微かに翳るのを見て、ソフィはハウエルの許へ駆け戻った。


「ハウエル様、先ほど二人で作ったお歌、姫様に聞いていただきましょう?」

「え、ええ? ここで?」

「いいじゃありませんか。私たちだけなんですから」


 ほら、とソフィが彼の手を引く。変わらず微笑んでいる姉姫をじっと見つめ返しながら歩み寄るが、途中でパッとソフィの手を払った。


「やっぱり、いい……」


 そしてくるりと背を向けて、来た道を戻って行ってしまった。


「あっ、ハウエル様! ……すみません姫様、失礼します」


 ソフィはアメリアに丁寧に頭を下げると、走ってハウエルを追って行った。

 二人の去ったほうを寂し気に見つめ続けるアメリアに、ステラは気づかないふりをし続けた。


◇◆◇


 ハウエルは、姉のアメリアが嫌いだった。


 二つ年上で、聡明で美しく、いつも自分に優しく穏やかに接してくれる。

 ただ、話をしたことがない。

 姉は、父と親友のステラ以外とは、声を発して会話することが出来ない。


 きっと姉は、父とステラのことは特別に信頼しているのだろう。

 生まれた時から世話をしている乳母とも、自分よりも姉を慕っているソフィとも筆談しかしないのだから、自分だけが避けられているわけではないと頭では判ってる。


 それでも、


(血のつながっている姉弟なのに、どうして……)


 と思わざるを得ない。

 父と姉が直接会話する横で、自分だけは姉と会話が出来ない。父が仲介してくれても疎外感は消えることはなかった。


 そしてやはり、あの銀の髪と青い瞳が恐ろしかった。


 見ているだけなら美しいことこの上ない。なのにその二つの特徴が王家に生まれた、というだけで『亡国の呪いの王女』と呼ばれていることを知ると、美しい分禍々しさも強まった。


 呪いのせいで城から出ることがほとんどなく、親しいのは幼馴染で近衛のステラだけ、いつも部屋に籠って本ばかり読んでいるのに、何故か父は何かあると姉に意見を求める。形ばかり自分にも聞いてくれるが、完璧な姉の回答を聞いた後では気後れして碌な考えが思い浮かばない。


 それでも姉は決して自分を見下げたり呆れたりしない。折に触れて手紙を使って話しかけてくれたり、手ずから刺したらしい刺繍のハンカチなどを贈ってくれる。

 それはとても嬉しく、こっそり全て隠すように取り置いてある。なのに姉に向かってまともに礼を言ったこともなければ、お返しをしたことも無かった。


 さっきもそうだった。

 なぜかいつもとは違う暗い髪色になっていたが、透き通るような青い瞳が美しく、笑いかけられただけで胸が高鳴った。

 だから恥ずかしくて逃げてきてしまった。


 歌一つ歌えない情けない自分を、姉はどう思っただろうか、と考えると、恥ずかしくて悔しくてたまらない。


 ハウエルは姉に憧れてもいるのだった。

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