四
アメリア達が城へ戻ってきた頃、サイモスはクラウス、シャルドン伯ら側近と共に会議をしていた。
「やはりリオールの動向は引き続き注意が必要です。相互不可侵の条約を交わしてはおりますが、最近コランダムに出没する盗賊は、オルソンの手の者である可能性があります」
メラルド王国の東の隣国であるリオールは、領地の広さも国力もメラルド王国に及ばない小国でありながら、領主オルソンが東方の傭兵出身の成り上がりであるためか力に物を言わせようとする傾向が以前から強い。
国境周辺では長く小競り合いが続いている。常にメラルド国軍が押し返しているが、鎮まる様子はない。
更に最近では、メラルドの北方領土であるコランダムに希少鉱床であるミスリル鉱が眠っていることが分かり、そちらへ手を伸ばし始めていた。
「コランダムは先代がヴァードの民に所有権を譲り渡している。国土防衛の関係で我が国の領土とされているが、実際はヴァードの民のものだ。何としても攻め込まれるわけにはいかない」
メラルド王国は領地が広く平地も多いため農作や放牧に適している土地が多い。そのせいか方々から戦禍や迫害から逃れてきたジプシーが流れ着く。ヴァードの民はその中の一族で、一大勢力でもあった。
シャルドン伯は頷いて書類をめくる。
「無論、承知しております。それにリオールのような国にミスリルの産地が奪われれば、何に使うか、それによって我が国に何をしてくるかは明白。すでに西側国境の守備隊の一部を北へ移動させております」
サイモスは頷いて、次にテナルド公爵に報告を促す。
「首都大学の医学部増設の件はどうなっている」
「順調に進んでおります。このままいけば、三年後には子どもと老人の医療についてはある程度行きわたると思われます」
「学生も集まっているか」
「陛下が身分不問、平民出身の者は学費免除となさったおかげで各地より希望者が集まっております。ただ……」
「何かあったか?」
「婦女子の希望者に、教授陣が難色を示しておりまして」
サイモスはため息をついた。少しずつ家庭の外で職を得る女性は増えてきているものの、国立の大学で学ぼうとすれば受け入れ側は貴族出身者ばかりとなるせいで、どうしても女性が学ぶことへの偏見が根強い。曰く、女は家にいればよい、という考えが抜けない。
「志に性別は関係ない。区別することなく優秀な者は受け入れるよう再度通達を。異議があれば私が直接聞くと申し伝えよ」
「かしこまりました」
眉間に皺を刻んでいるサイモスにクラウスがブランデー入りの紅茶を差し出した。どうぞ、と言いつつくすりと笑った。
「……なんだ?」
「いえ。陛下は殊の外、医療制度の拡充にご熱心でいらっしゃる。現時点でも我が国の医療は他国に後れを取っているわけではございませんのに」
「これは……アメリアの願いだからな」
紅茶の香りを楽しみながらサイモスはうっすらと笑った。
『街にお医者様が足りません。増やすことは出来ないのでしょうか』
子どもの頃から積極的に何かを望むことのなかったアメリアが、わざわざ正式に謁見を申し込んでまで訴えた初めての願いが、民のための医療拡充だった。
無論サイモスも国の課題として挙げていた。しかしそこだけにかかずらうことも出来ず、リオールからのちょっかいにかまけていることで軍費は嵩む。
すぐに叶えてやれないことが悔しかった。
「父親として王として、少しでも形にして進めておかなければ面目が立たんだろう。それにぐずぐずしていたらアメリアが自分で街へ走っていきそうでな」
「なるほど。姫様ならありえますね」
束の間、室内に笑い声が漏れた。
サイモスが懸念している事態がすでに実行されているとは夢にも思わずに。
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