第二章 アメリア、16歳
一
王城の中の一室の扉から、小柄な影がひょっこり現れて周囲を探る。
アメリアはそーっと自室から抜け出し、出来るだけ人がいないはずの回廊を選んで城の裏門を目指した。
幼い頃から、母の目から逃れるために城内を逃げ回っていた。勝手知ったる『我が家』のことは隅々まで熟知している。
門番の交代時間の隙を狙い木戸をすり抜けようとしたところで、後ろから手首をつかまれた。
驚いて身をすくませると同時に、呆れと安堵が混じったようなステラの声が聞こえた。
「またですか、姫様」
アメリアはゆっくり振り返り、えへへ、という声が聞こえそうな顔で頭をかいた。
「すぐ帰ってくるから、見逃して?」
「また、街へ降りるんですか?」
「うん、この前行ったときに会った女の子の具合が気になって」
アメリアは先日の状況を思い出したのか、微かに眉を顰める。
「……私もご同行します」
「だめ」
「どうしてですか?!」
「ステラは目立つもの。私みたいに変装してないと貴族ってばれちゃう」
ステラは二度目のため息を吐く。アメリアの言い分は分かるか、かといってここで見逃すわけにはいかない。
「では、少し離れてついていきます。そしてその女の子の具合を診たら帰りましょう。次は私も準備しますから、前もって教えてください。よろしいですね?!」
「えー……」
「ア・メ・リ・ア・さ・ま?」
「……はあい」
返事を聞いて頷いたステラは、取り急ぎの準備をするために、城内に用意されている騎士用の支度部屋へ走って行った。
◇◆◇
アメリアに治癒能力が顕現したのは、母・王妃が病死した少し後のことだった。
ブーランシェ公に連れられてステラと一緒に城外の湖畔に出掛けたときに、巣から落ちたらしい瀕死の小鳥を見つけた。
咄嗟に両手で包み込み、胸にあてて神へ祈った。
その瞬間、アメリアは、自分の両手が熱を持ち始めたことに気づいた。最初は小鳥の体温かと思ったが、次第に熱は高まり、暖炉に近づき過ぎた時のような熱さにまでなった。
慌てて手を広げると、先ほどまで身動き一つしなかった小鳥が翼を広げて飛び立っていったのだった。
何が起こったのか分からなかったが、その後も同じような体験を繰り返すことで、自分には動物の怪我を治す力があることを知った。
試しに死んでしまった猫を抱きしめたことがあったが、事切れた命を取り戻すことは出来なかった。
常に傍にいるステラも当然ながらアメリアの力のことは知っていた。だが、
『誰にも言わないで欲しい』
というアメリアの願いを聞き入れて、父のブーランシェ公にも内緒にしていた。
アメリアが、自分の能力について他人に知られたくない、と願う気持ちは、ステラは誰よりも分かっているつもりだった。
アメリアは自分が、呪いの王女、と呼ばれ、多くの貴族や民からそういう目で見られていることも知っていた。
本来なら治癒能力は歓迎されてしかるべき能力のはずだが、持ち主がアメリアだ、というだけで、呪いの伝説と結び付けられ、その信憑性を増すだけだ、ということも。
誰にも気づかれないように、怪我をした動物や、枯れかけた草花を癒すアメリアを、ステラは心の中で誇りに思いつつも、痛ましく辛かった。
◇◆◇
「お待たせいたしました」
「じゃあ、約束通り離れてついてきてね。あと、もし声かけるなら、私のことはエイミィ、って呼んでね」
「……それってアメリアの愛称じゃないですか」
「しょうがないじゃない、アメリア、なんて名乗れないもの」
じゃ、行きましょ、と、城の中にいるときとは別人のように軽い足取りで歩き始めるアメリアを、苦笑交じりに見つめ返した。
(ご自分は髪を染め変えて、村娘が使う木靴まで履いて……。用意周到過ぎるでしょ)
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