サドベリー候を同道して城へ帰り着いたクラウスは、馬を門番へ預けたまま真っすぐサイモスの許へ向かう。

 大広間の扉を開くと、中央の玉座に座るサイモスと、その右側には王弟ユーグレスが立っていた。


「これはサドベリー侯爵、新年の宴以来ですね。ご健壮で何よりです」


 ユーグレスが如才なく声をかけるのとは反対に、サイモスもサドベリー候も表情は硬い。

 ユーグレスに一礼すると、真っすぐにサイモスの前へ進み出る。しかし叩頭せず、そのまま口を開いた。


「我が娘、いや、王后陛下謀反のお疑いとは、どういうことですか?! ご説明願いたい」


 サイモスは緑色の瞳に暗い力を込めながら頷いた。


「ルイーズという名の侍女を使い、人気のなくなった隙に王女を私室で暗殺しようとした。幸い、王女が負傷する前にブーランジェ公の息女が異状に気づいて駆けこんだため、未遂に終わった」

「っ、それが、マリアンヌの命だという証拠は?!」

「侍女が白状した。それが証拠だ」

「しかし」


 横からユーグレスが口を挟む。不快そうに眉根を寄せる兄王をよそに、細い指で顎を摘まんで首を傾げた。


「その侍女はすでに自害しました。ではどうやって証明すれば……」


 サイモスはユーグレスを睨みつける。と同時に、サドベリー候の口元が緩んだ。


「それでは……実行犯に我が娘の指示を証明させることも出来ませんな」

「私が自分の耳で聞いた。それが証拠だ」

「恐れながら……それは真実でいらっしゃいますか?」

「……何?」

「いえ、無論、私とて陛下をお疑いしているわけではありません。しかし娘も王妃という立場がある。よもや自分の腹を痛めた子の命を狙うなど、そうそう信じられるものではありません」


 突然饒舌になったサドベリー候に、サイモスやクラウス達は不審さを隠さない。


「マリアンヌが命令したことを証明できない、実行犯はすでに死んでいる。そして、証拠といえるのは陛下のご記憶のみ。と、すると……」


 芝居がかった仕草で、侯爵の言葉にユーグレスが何度も頷いた。


「アメリアの持つ呪いの力が、陛下に幻覚を見せたのやもしれません」


 サイモス達は、あまりに荒唐無稽な二人の言い分に目を見開く。呆れて言葉もないサイモスの代わりに、クラウスが進み出た。


「恐れながら! アメリア様にそんなお力はございません! 何より標的にされたのはアメリア様なのですよ!」

「だから、とも言えますな」


 サドベリー候は間髪入れず声を重ねた。


「被害者を疑う者はおりますまい?」

「っ、馬鹿な! 姫様は」

「もうよい!」


 ガン! と大理石の床を砕くほどの大きな音が響き渡る。サイモスが手にしていた大剣の切っ先を叩きつけた音だった。


「マリアンヌは牢から出さない。またアメリアとハウエルのため、そしてサドベリー家の体面のために一切の口外を禁じる。もし外部へ漏らす者あれば、首謀者と同罪と見做す」


 そして立ち上がると、サドベリー候とユーグレスを交互に見下ろした。


「追って沙汰をする。この件は私が全てを決する。異論は許さぬ」

「っ、兄上、それは」


 強引に過ぎるサイモスの決断に、ユーグレスが抗議するが、とどまることなくその場から立ち去った。


 そして子供たちを見舞うと、再び地下牢へ向かった。


◇◆◇


「あなた……」


 牢の中のマリアンヌは、いつものあたりを払うような美貌の面影は欠片も感じられず、疲れ果てた顔で夫を見上げた。


「お前が蛮行を命じた侍女は自害した。ユーグレスとの繋がりを仄めかして、な」


 マリアンヌは、口の端だけでかすかに笑った。


「失敗した上に死んで逃げるなんて、なんとまあ覚悟の足らない者と手を組んでしまったのでしょうね」

「……認めるのだな、自分の命令だと」

「仕方が、無かったのです……」

「仕方がない、だと……? 王妃が、いや、母が子の死を望むことが?」


 ゆっくりとマリアンヌは顔を動かす。動きは老婆のようで、目だけが力強く光っていた。


「我が子などではありませぬ……。あれは、呪われた子なのですよ」


 サイモスは、それ以上の会話は無駄と悟った。


◇◆◇


 十日後、サイモスの側近と親衛隊の手で、ひっそりとマリアンヌの処刑が実行された。

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