サイモスは、数人の兵士を伴って城の西側、王弟ユーグレスの居室へ向かった。

 ユーグレスは、執務室で自治領に関する書類を決裁しているところだった。

 

 いきなり扉に手を掛けようとした兵士を留めて、サイモスは訪問を告げる。


「どうぞ」


 内側から涼し気な声が響く。兵士が両開きの扉を開けると、落ちかけた午後の日を背に浴びてユーグレスが執務机に向かっていた。


「これは兄上。如何なされましたか? 先ほどから城内が騒がしいようですが」


 真っすぐ伸びた長い金の髪を揺すらせながら、ゆっくり顔を上げる。サイモスとユーグレスはよく似た兄弟だが、醸し出す空気がまるで正反対なため、成人してからは他人から似ていると言われることも無くなった。


「ルイーズという、王妃付きの侍女を知っているな」

「はて……。お義姉様付きの侍女の顔まで覚えておりませんね。私に仕えてくれる者たちなら、その家族まで見知っておりますが」


 困惑したような表情は嘘をついているようには見えない。だが先ほどからサイモスの目を直接見ようとしないことは、すでに気づいていた。


「本人が、お前の命令でアメリアを襲った、と白状した」

「なんと……アメリアは無事ですか? 可哀そうに……」


 震える声音は、姪を気遣う心にあふれているようだった。しかしこれまでのユーグレスの行いを振り返れば、彼が王妃以上にアメリアを排除したがっていることは明らかだった。


 アメリアが生まれた時、その髪と瞳の色のせいで、王妃以外にも廃嫡を望む声が多かった。

 しかしサイモスはそうした声を封じるために、命名式の場で宣言した。


『次期メラルド王国国王は、第一王女アメリア・ルー・メラルドとする』


 と。

 それが、ユーグレスとサイモスの仲を引き裂く決定打となっていた。

 尚も演技を続けるユーグレスに鼻白みながら、一歩踏み出す。


「では確認しようではないか。共に牢へ向かってもらおう」

「仰せのままに」


 しかし、国王兄弟が地下牢へ戻ったときには、すでにルイーズは自害した後だった。


◇◆◇


 同じ頃、駆け通しに駆けて最短時間でサドベリー邸に到着したクラウス達は、蹄の音で来訪を察知していた公爵に出迎えられた。


「お久しぶりでございます、サドベリー候」

「ブーランジェ公、これは一体どういうことですか」


 前触れもなく里帰りした娘がいきなり騎士達に引っ立てられ、理由も分からないまま連絡を待っていたら、いきなり王の第一の側近が兵とともに駆け込んできた。

 驚きを通りこして、強く警戒せざるを得ない。

 そのサドベリー侯爵の心中を察しつつ、クラウスは声を潜めて事の次第を伝える。


「マリアンヌ様、謀反のお疑いあり。すでに捕えられ、陛下の命により投獄されました」


 侯爵の隣で聞いていた夫人が、ひっ、と悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。しかし侯爵はそれには目もくれず、一層表情を厳しくしてクラウスに詰め寄った。


「謀反など……。何をしたというのだ、あれが?!」

「侍女に命じて、アメリア様を襲撃なされました」


 サドベリー候は目を見開く。だが、理由が分かったことでそれまでの動揺は収まった。


「なるほど、そういうことですか……。で? どうなりました、亡国の呪いの王女は」


 吐き出すような言い草にクラウスはとっさに剣に手をかける。だが万が一の可能性を考えて、寸でのところで思いとどまった。


「城へご同行願います」

「……それは」

「私は陛下よりこの案件の全権を委任されております。私の言葉は、陛下のお言葉とお思いください」


(っ、若造が……!)


 国王の寵愛と信任を盾に年長者への礼を失したかのような対応に誇りを傷つけられつつも、支度をするので一刻猶予が欲しい、と言い遺し、侯爵は館へ戻って行った。

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