「サイモス様!」


 クラウスが従者を伴って王の執務室へ飛び込んだのは、その数日後だった。

 

「どうした」

「賊を捕らえました。それが……」


 クラウスは一旦口をつぐみ、サイモスのそばへ寄る。


「王妃様の手の者が、アメリア様を害しようとしました」


 サイモスは一気に青ざめた。


「アメリアは?!」

「無論、ご無事でございます。怪我もなさっておられません。ただ、余程恐ろしい思いをされたのでしょう、我が娘から離れようとなさいません。お部屋の入り口には警護をつけておりますが」


 サイモスはアメリアの部屋に駆け付けた。警備の兵を押しのけて中へ入ると、ステラにしがみついて震えるアメリアが目に入った。先に気づいたステラがアメリアから少し離れると、サイモスはアメリアを抱き上げる。


「怖かったな、もう大丈夫だ……。すまない、本当にすまない」

「父さま、父さま、……父さまーーっ!」


 滅多に言葉を発しないアメリアの絶叫に、その場にいる者皆が驚く。そして幼い王女が突然襲われた、という事実に、改めて背筋を冷たくした。


 泣き続けるアメリアを宥めるサイモスに、再びクラウスが近寄った。


「王妃様は朝一でご生家のサドベリー侯爵家へ向かわれたそうです」


 サイモスは顔を厳しく引き締めた。


◇◆◇


 馬車に揺られること数時間、生家のサドベリー侯爵邸に到着したマリアンヌは、心からゆったりとして食後のお茶を楽しんでいた。


 急な里帰りに、母の侯爵夫人は驚き、そして歓迎しつつも、その理由が分からず心配にもなっていた。


「急に帰ってくるなんて、何かあったの?」

「特に、何も? たまには娘時代に戻って、お母さま達に甘えたいと思っただけですわ」


 にっこりと微笑むマリアンヌは、二人も子を産んだとはいえ、母親の目からみてもまだ十分に若く美しい。もしや夫である国王と何かあったのでは、と思ったのは杞憂だったか、と、胸をなでおろした。


 その時、遠くで馬の嘶きと人が騒ぐ声が聞こえてきた。


「何かしら」


 侯爵夫人がそばにいた女官に状況確認を命じたところで、回廊を甲冑姿の騎士が走ってくるのが見えた。

 驚きと恐怖で立ちすくむ侯爵夫人に一礼すると、騎士達はマリアンヌを取り囲んだ。


「王女殺害未遂の首謀者として、陛下より出頭命令が出ております。ご同行願います」


 青ざめる侯爵夫人とは反対に、優雅にティーカップを持ち上げると、マリアンヌは騎士達を見もせずに返事をした。


(未遂……。ということは、失敗したのね、あの女)


 胸の内で計算外の事態に舌打ちしつつ、表情は崩さない。


「お茶ぐらい静かに楽しませて。しばらく外でお待ちなさい」


 少しも動揺することのないマリアンヌの風情に、騎士長は苛立ちを隠さない。王妃でありながら、実の娘の殺害を侍女に命じておきながら、その罪を毛ほども感じていないことに心底呆れた。


「待てません。すぐに連行するよう命を受けております。……立て!」


 騎士長はマリアンヌの腕を取って強引に立ち上がらせる。不意を突かれて落としたティーカップが派手な音を立てて割れ、娘が逮捕された状況にショックを受けた侯爵夫人が卒倒し、それに驚いた侍女達が騒いで辺りは騒然とした。


 何事か、と館の中から侯爵が駆けだしてきた時には、すでにマリアンヌは馬車に乗せられ、門の外へ出て行くところだった。

 

◇◆◇


 城へ戻ったマリアンヌは、身支度を整える暇すら許されず、サイモスと大臣達が待つ大広間へ引き立てられた。


「あなた……」

「申し開きがあるなら聞こう」


 一切の憐憫も愛情も感じられない冷たい目に、マリアンヌは信じられないと首を振る。


「あなたが……あなたが私を離縁しようとなさるからではありませんか!」

「そんなこと、私は言っていない」

「いいえ、いいえ! しかと聞いた者がおります! だから私はっ……!」

「だからアメリアを殺そうとしたと言うのか」


 諦めと絶望を深く宿した声は、悲痛そのものだった。

 そしてサイモスは、カッと目を見開いた。


「それが許されると思ったのかっ!」


 国王の大喝は、若い兵士が、ひっと首をすくめるほどだった。


 マリアンヌはそれ以上の抗弁は出来ず、そのまま牢へ連れていかれた。

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