三
サイモスと入れ替わりで王妃の居室に滑り込んだのは、王妃付きの女官のルイーズだった。
気分が優れないと言って夫を追い出したはずだったが、マリアンヌはお気に入りの女官たちとカードに興じていた。
「……王妃様」
意味ありげに耳元でささやくルイーズに頷いたマリアンヌは、人払いをして彼女と二人きりになった。
「何かわかって?」
「……陛下はブーランシェ公とお二人で剣の鍛錬へ向かわれました。アメリア姫は乳母と一緒にお部屋へお戻りです。ただ、おそばにブーランシェ公爵令嬢がついておりますので」
「他には?」
「あなた様の追放の可能性を」
マリアンヌはさすがに動揺した。が、臣下の前でそれを表に出すわけにはいかない。
ゆっくり息を吐き出して頷いた。そして、もういい、と仕草で伝えると、今度こそ本当に部屋に一人きりになった。
豪奢な設えの自室を、改めて眺める。
輿入れ以来、マリアンヌが求めるままに、サイモスは何でも買い与えてくれた。
ドレスも、宝飾品も、傍仕えの女官も、馬車も、別荘も。
愛されているのだと、思っていた。
自分は政事は分からない。王妃の仕事でもない。
自分の役割は、次代の跡継ぎを産むこと。そして美しくあり続けることだと。
十九で輿入れし、すぐに懐妊した。サイモスはとても喜んでくれた。
しかし、生まれてきた娘は、見たことも無いほど美しく輝く銀の髪を持っていた。
乳白色の柔らかそうな肌、愛らしい泣き声、目が開かないうちから母を求めてもがく小さな手足。
だが、その髪の色のために、マリアンヌの目には娘が悪魔の化身に見えた。
気がつけば喉が裂けるほどの悲鳴を上げ、赤ん坊を払いのけて失神してしまった。
そしてメラルド王家の特徴を一つも宿さないアメリアのせいで、実家である侯爵家から、そして有力貴族たちから不義を疑われた。サイモスが庇ってくれてその疑いは晴れたが、その時に受けた苦しみはまだ癒えていない。
二つの自分の役目のうち一つが、存在価値が、アメリアのせいで失われた。
その二年後に男児ももうけたが、そのハウエルの存在も、アメリアの呪いを帳消しにするには至らなかった。
『アメリアを養女に出してほしい』
意を決して夫に願い出た。王子も生まれた、アメリアは王女だ。しかも王家に不幸をもたらす銀の髪の子どもである。殺さないまでも王家から出すことは、少しも不当な扱いだとは思わなかった。
しかしマリアンヌの願いを、サイモスは平手打ちと共に拒絶した。自分のほうが娘より愛されていると信じ込んでいたマリアンヌは、そのショックの分もアメリアを憎んだ。
そして。
(あの娘を守るために、王妃である私を追い出そうとするなんて……)
養女話の時の打擲のショックを忘れるほどの衝撃と悲しみで、全身の力が抜けそうだった。
王家から暇を出されても、生家へ戻ればいいだけだろう。
しかし一度王家に嫁した自分が、生家でどんな扱いをされるか、世間からどんな目で見られるかなど、想像するまでもない。
そう思うそばからリアルに思い描いてしまい、全身から血の気が引く。思わず両腕で自分を抱きしめた。
(そんなことになるくらいなら……)
強く瞑目し、意を決する。
そしてマリアンヌは、もう一度ルイーズを呼び寄せた。
「……かしこまりました」
マリアンヌの命令を聞いて、ルイーズはまた、音もなく部屋から出て行った。
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