眠っているアメリアを乳母に預け、サイモスは一人で王妃マリアンヌの居室へ向かう。

 何度繰り返したか分からない、アメリアへの接し方についての話し合いの場を設けたが、マリアンヌの言い分は変わらない。


「あの子のせいで私が不義を疑われた」

「私こそ被害者なのに」

「私にもあなたにも似ていないあの子をどうやって愛せと?」


 そして、


「呪われた娘など、いっそ消えていなくなってしまえばいいのに」


 最後は必ずこの言葉が出てくる。そして顔を背けると、気分が悪いから横になるという。そうすれば王といえど部屋を出て行かざるを得ない。


 大きなため息をついて部屋を出たサイモスを、第一の側近であるクラウス・ド・ブーランジェが待ち受けていた。


「王后陛下は、相変わらずのようですね」

「クラウスか……、もう、どうしようもないな」

「お気持ちはわかりますが、アメリア様のためには、どうにかなさらなければならないのでは」

「分かっている。だが……、いざとなればあれを放逐することも考えなければならない」


 クラウスは息を飲む。サイモスが言う『あれ』が誰を指すのかを理解していたからだった。


「少し気分転換なさいませんか? アメリア姫には、我が娘ステラをつけておりますから」

「ああ、ステラか。あれはいい娘だ。アメリアの一番の理解者は、今やステラだと言ってもいい」

「同い年ですし、子どもといえど女同士と言うのは理解しやすいのでしょう。……さ、では練兵場へ行きましょうか」

「何? 一杯やるのではないのか?」

「こんなに日が高いうちから何をおっしゃっているのです? 心だけでなく、腹まで弛ませたいのですか?」


 にやりと笑うクラウスに、サイモスは降参した。そして二人で連れ立って、練兵場で汗を流すのだった。




 二人の会話を盗み聞いていた影が、足音も立てずに、王妃の居室へ滑り込んでいった。


◇◆◇


 アメリアが目を覚ますと、そこは厩舎ではなく、自分の部屋の自分のベッドだった。数度瞬いてから身を起こすと、乳母のローラがそっと額に手を当ててきた。


「姫様、お目覚めですか? お腹は空いていませんか? どこか、痛いところはありませんか?」


 アメリアは小さく笑って、黙って首を振る。それを見てローラは安心し、頷いて傍から離れた。

 代わりに小さな影が素早くベッドのそばに近づいてくる。


「姫様、大丈夫?」


 金の巻き毛を揺らし、布団の上に出ていたアメリアの手をぎゅっと握りしめた。

 アメリアは嬉しいのと安心したのとで、やっと声を出すことが出来た。


「ステラ……ずっといたの?」

「はい、父に、おそばについているように、と言われて」


 そして美しい銀の髪に絡みついていた牧草を摘まんだ。


「また厩舎にいたのですね」

「あそこが……一番落ち着くの」


 恥ずかし気に俯くアメリアに頷き返しながら、ステラは痛ましさを禁じ得ない。


 第一王女で、こんなに愛らしく、国王からも愛され尊重されているのに、ただその髪の色が歴代王家の出身者と違う、というだけで、アメリアを避ける者は多い。

 王家に生まれる銀髪は呪われた子、という言い伝えだけでなく、王妃がアメリアへの嫌悪感を隠しもしないことで、王妃におもねる者たちはその尻馬に乗る。事実を知らない国民にとって、アメリア本人の人柄よりも呪いの言い伝えのほうが信ぴょう性があるらしく、街へ降りれば白い目で迎えられる。

 何よりアメリア自身が、自分の存在を自分で否定していた。


 結果としてアメリアが心を開くのは、父王サイモスと、幼馴染のステラ、他には物言わぬ動物たちだけだった。

 生まれた時から世話をしてくれている乳母のローラにさえ、言葉を発することが出来ない。


 ほとんど口を利くこともない現状が、アメリアへの無理解と『呪い』の信ぴょう性を更に高めてしまっていた。


 こちらを見上げてくる、青空よりもっと青く美しい大きな瞳に、ステラは心の中で、


(姫様は私が守る。何があろうと、絶対に)


 と、何度目か分からない誓いを再び強く繰り返すのだった。

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