二
眠っているアメリアを乳母に預け、サイモスは一人で王妃マリアンヌの居室へ向かう。
何度繰り返したか分からない、アメリアへの接し方についての話し合いの場を設けたが、マリアンヌの言い分は変わらない。
「あの子のせいで私が不義を疑われた」
「私こそ被害者なのに」
「私にもあなたにも似ていないあの子をどうやって愛せと?」
そして、
「呪われた娘など、いっそ消えていなくなってしまえばいいのに」
最後は必ずこの言葉が出てくる。そして顔を背けると、気分が悪いから横になるという。そうすれば王といえど部屋を出て行かざるを得ない。
大きなため息をついて部屋を出たサイモスを、第一の側近であるクラウス・ド・ブーランジェが待ち受けていた。
「王后陛下は、相変わらずのようですね」
「クラウスか……、もう、どうしようもないな」
「お気持ちはわかりますが、アメリア様のためには、どうにかなさらなければならないのでは」
「分かっている。だが……、いざとなればあれを放逐することも考えなければならない」
クラウスは息を飲む。サイモスが言う『あれ』が誰を指すのかを理解していたからだった。
「少し気分転換なさいませんか? アメリア姫には、我が娘ステラをつけておりますから」
「ああ、ステラか。あれはいい娘だ。アメリアの一番の理解者は、今やステラだと言ってもいい」
「同い年ですし、子どもといえど女同士と言うのは理解しやすいのでしょう。……さ、では練兵場へ行きましょうか」
「何? 一杯やるのではないのか?」
「こんなに日が高いうちから何をおっしゃっているのです? 心だけでなく、腹まで弛ませたいのですか?」
にやりと笑うクラウスに、サイモスは降参した。そして二人で連れ立って、練兵場で汗を流すのだった。
二人の会話を盗み聞いていた影が、足音も立てずに、王妃の居室へ滑り込んでいった。
◇◆◇
アメリアが目を覚ますと、そこは厩舎ではなく、自分の部屋の自分のベッドだった。数度瞬いてから身を起こすと、乳母のローラがそっと額に手を当ててきた。
「姫様、お目覚めですか? お腹は空いていませんか? どこか、痛いところはありませんか?」
アメリアは小さく笑って、黙って首を振る。それを見てローラは安心し、頷いて傍から離れた。
代わりに小さな影が素早くベッドのそばに近づいてくる。
「姫様、大丈夫?」
金の巻き毛を揺らし、布団の上に出ていたアメリアの手をぎゅっと握りしめた。
アメリアは嬉しいのと安心したのとで、やっと声を出すことが出来た。
「ステラ……ずっといたの?」
「はい、父に、おそばについているように、と言われて」
そして美しい銀の髪に絡みついていた牧草を摘まんだ。
「また厩舎にいたのですね」
「あそこが……一番落ち着くの」
恥ずかし気に俯くアメリアに頷き返しながら、ステラは痛ましさを禁じ得ない。
第一王女で、こんなに愛らしく、国王からも愛され尊重されているのに、ただその髪の色が歴代王家の出身者と違う、というだけで、アメリアを避ける者は多い。
王家に生まれる銀髪は呪われた子、という言い伝えだけでなく、王妃がアメリアへの嫌悪感を隠しもしないことで、王妃に
何よりアメリア自身が、自分の存在を自分で否定していた。
結果としてアメリアが心を開くのは、父王サイモスと、幼馴染のステラ、他には物言わぬ動物たちだけだった。
生まれた時から世話をしてくれている乳母のローラにさえ、言葉を発することが出来ない。
ほとんど口を利くこともない現状が、アメリアへの無理解と『呪い』の信ぴょう性を更に高めてしまっていた。
こちらを見上げてくる、青空よりもっと青く美しい大きな瞳に、ステラは心の中で、
(姫様は私が守る。何があろうと、絶対に)
と、何度目か分からない誓いを再び強く繰り返すのだった。
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